武蔵野美術大学の夏の恒例行事「真夏のオープンキャンパス2018」が、今年も8月18日と19日の二日間にわたって開催された。受験生にとっては、進路選びが本格的になるこの時期。来年春に新設される造形構想学部クリエイティブイノベーション学科でも、6月のオープンキャンパスに続いて、その教育内容を紹介するガイダンスやワークショップなどが行われた。いっぽう個別相談会では、同学科の受験を考える人たちの顔ぶれの幅広さを感じることもできた。厳しい暑さのなか、多くの人で賑わった当日の模様をレポートする。

美大の教育にこそ、現代が求めるものがある

開催二日目となる19日。ムサビに入った瞬間、キャンパスの様子から、6月よりも明らかに多くの参加者がいることがわかった。スタッフから、資料の入った鮮やかな黄緑色の紙バッグを受け取る。今回のオープンキャンパスのテーマは、「I KNOW THAT I KNOW NOTHING」。この言葉には、「もっと知りたい」という思いは「何も知らない」という自覚から生まれる、とのメッセージが込められているそうだ。

最初に向かったのは、新学部・新学科の設立を主導してきた長澤忠徳学長によるトーク会場だ。驚いたことに、午前中の開催にも関わらず、会場前の廊下にはすでに長蛇の列が。部屋の壁には、立ち見の人も溢れていた。熱い語り口で知られる長澤は、この日も若者や保護者に向けて、笑いを交えながら熱っぽく語りかけた。

1929年の設立以来、ムサビには大切にしている運営の理念がある。それが、「真に人間的自由に達するような美術教育」というものだ。つまり、ただ専門的な技術を学ぶだけでなく、手の仕事を通じて総合的な人間性を養うということ。「こうした美大の教育にこそ、いまの時代が求めるものがある」と長澤は言う。

「現在では、産業界も官庁もみんな、『クリエイティブ』や『アクティブラーニング』が大事だと言いますよね。だけど、遅い!(笑) ムサビでは90年前から、そうした教育が行われてきたんですよ」

ムサビでは、時代に合わせて「美術大学」の枠組みを広げる挑戦もたくさん行われてきた、と長澤は続ける。1954年には、日本ではじめて学科名に「デザイン」を冠し、62年には、国内初の「造形学部」を設立した。では、見た目の良さや芸術性を超えて、社会とつながりのあるものづくりが求められる現在、ムサビはどうあるべきなのか。

「真夏のオープンキャンパス2018」レポート

「そこで重要になるのが、『未来』に起点を置いて『いま』を考える、バックキャスティング思考です。たとえば、人口減少社会をどうしていくのか。高度情報社会をどう有益にするのか。こうした課題に向き合う新しい知性と理解力が求められています」

新学部・新学科の設立は、そうした新しい課題に対応するための動きだろう。美大で学ぶことの武器とは、一般の大学でも学ぶことができる教養のほかに、感性的な読み書き能力を指す「造形言語リテラシー」を身に付けられることであるというのが、長澤の持論だ。最後に新学部の設立に触れると、「造形教育が育んできた創造的な思考と、社会が求めるイノベーションを掛け合わせるような取り組みをしていきたい」と語った。

人のつながりをデザインする

午後からは、クリエイティブイノベーション学科による「試験説明会」と「学科ガイダンス」が続けて行われた。ともに大講義室での開催だったが、6月の前回よりも圧倒的に多くの人が集まり、注目の高まりが伺えた。

はじめに行われた試験説明会には、案内役として新学科の荒川歩准教授が登場。新学部では、従来の美大受験とは異なり「デッサンのような実技の試験がないこと」など、試験の形式や内容が説明された。会場からは時間内に収まらないほど質問が相次いでいた。

つづくガイダンスでは、若杉浩一教授がみずからの活動を踏まえ、新学科の目指すものを話した。経済性だけでは測れない価値に、多くの人が気づき始めた現在。若杉は、「デザインの領域は、モノからコトへと移行しています」と話し始めた。内容は6月と重なる部分も多かったが、今回は具体的なプロジェクトの紹介により時間が割かれていた(若杉の発表については6月のガイダンスのレポートも参照ください)。

大手デザイン企業のデザイナーとして長い間、モノを作ってきた若杉。しかし、経済優先のデザインに疑問を感じて、2004年に「日本全国スギダラケ倶楽部」(スギダラ)という活動を始めた。これは国産の杉材の魅力の再発見と、それを通した地域活性を目指す取り組みで、いまでは全国に24支部、約2400人のメンバーを抱える。

そんなスギダラの仕事のひとつが、宮崎県日南市の子育て支援センター「ことこと」だ。この施設のデザインを頼まれた若杉は、しかし、空間をつくるだけでは足りないと考えた。なぜだろうか?

「で、現代の子育ての大きな問題は、父親が仕事を優先し、近所付き合いも無くなるなか、母親と子どもが孤立してしまっていることにあるからです。その状況で、空間だけキレイにしても意味がない。そこで地域の高校生や高齢者に声をかけ、施設づくりをお手伝いしてもらいながら、コミュニティのなかで子育てができる環境をつくろうとしました。現在では、子どもを持たない住民も応援に駆けつけてくれています」

「人のつながりこそをデザインする」。こうした若杉の考え方は企業の共感も呼び、2015年には「無印良品」有楽町店のリニューアルにあたって、その一階部分の店舗デザインを担当した。空間を杉のプロダクトで満たし、「Open MUJI」としてさまざま人が集まれる場所をつくった。

「このリニューアルによって、店舗の収益も上がったそうです。そこから分かるのは、モノの価値だけでは人は動かないということ。『正しい』と感じることをやれば、人は応援したくなるものです。こうした人の関係性のデザインこそが、これからの時代においては大切になるのだと考えています」

さらに若杉の発表では、新学部の拠点として新設される「市ヶ谷キャンパス」の詳細も紹介された。一階には新学部関連の本が読めるスペースやカフェ、授業で生まれた製品の「プロトタイプ」を販売する売り場も設けられるという。若杉の語る「共感価値」のデザインに、参加者も熱心に聞き入っていた。

研究テーマは自分の身近なところにある

オープンキャンパスではほかにも、体験を通して新学科の教育に触れることができる「構想力ワークショップ」や、教員みずからが受験希望者と一対一で話し合う「個別相談」も行われた。

荒川と若杉に加え、井口博美教授も登場したワークショップでは、前回と同じく「現在の傘が抱える問題のひとつを解決する方法を考えよ」というお題が与えられ、参加者はグループで知恵を出し合った。

見慣れた傘から、その問題点を発見することは簡単ではない。しかし今回も、夜間に見えにくいという傘の危険性に着目したものや、傘を持つ人間の身体に注目したものなど、新鮮なアイデアが飛び出していた。

いっぽう個別相談の会場では、参加者の年齢層や、受験を考えた背景の幅広さを感じることができた。

神奈川県の高校三年生の男性は、新学科の新聞広告に「経営」の文字があるのを見て、「美大なのに経営?」と興味を持ったそうだ。もともと経営に興味があり、他大学の経営学部も見学したが、「会社を大きくすることばかりが取り上げられていて、ものを作る視点に立っていないところが多いと感じた」という。

「だから、モノをつくるプロセスも学びながら、経営も学べる学科に進みたいんです。新学科は、その意味で最適の場所ではないかと。『美大』と聞くと、ピカソとか芸術的なものを思い浮かべるけど、こうした学科ができることで、社会とつながる美大という風に、そのイメージも変わるんだろうと感じました」

関西から日帰りでやってきた社会人一年目の女性は、新学部の大学院受験を考えている。昔からデザインには関心があったが、親の希望もあり、学部時代にはマスコミ系の大学に通った。就職時にも、「自分には無理だろう」と引け目を感じて、現在は飲食業界で働いている。「でも、新学部の存在を知って、実技の能力を問わない試験であれば自分にもできるかもしれない」と、週末を利用して飛んできたそうだ。

「社会や人のために、何かをつくったり考えたりすることがしたい」という彼女。目下の悩みは、大学院受験のための研究計画書だ。自分に何ができるのか不安だったが、個別相談ですこし道が開けてきた。

「大学でダイビングのサークルに入っていたのですが、教授に研究テーマの見つけ方を相談すると、『自分の体験に基づいた課題を考えてみるといいんじゃないか』とアドバイスをいただきました。たしかに、それなら考えることができるかなと。ダイビングの仕事って、命に関わる重労働なのに、賃金が安いんです。その解決策はまだわかりませんが、課題自体は身の回りにたくさんあるんだと感じることができました」

それぞれの発見、それぞれの課題

最後に話を聞いたのは、べつの美大に通っているという学部四年生の女性だ。

大学では工芸学科で、陶芸を専攻している。しかし、制作に行き詰まりを感じたとき、子どもに絵画や語学などを教える街のスペースでアルバイトを始め、コミュニティというものの魅力に気がついたという。

「自分は作家よりも、人とコミュニティをつくる方が向いているのかなと。そんな風に感じていたとき、ムサビに面白そうな学部ができると知って興味を持ちました。やりたいことと本当に一致するかなと不安もあったのですが、今日、若杉先生のお話を聞いてピッタリだと感じました。いま、テンションが上がっています(笑)」

コミュニティに関わることで、スランプを這い出ることができたという彼女。この日、もっとも共感を覚えたのは、「空間をデザインするのではなく、デザインを通して人が集まる場所をつくることが大切」という若杉の考え方だ。

「コミュニティの良さは、『誤配』にあると思っています。自分で積極的に関わろうとしなくても、そこにいるだけで新しい知識に出会え、新しい関係性が偶然的に生まれる。私も最初、こうした場所の良さがよくわからなかったけど、人とのつながりから面白い体験をたくさんすることができたんです」

そうしたコミュニティの存在は、ひろく現在の社会に必要なものだと考えている。

「いまは、ただ就職して会社で働くだけでなくて、自分から何か行動を起こさないといけない時代。そんな時代に、人のつながりを生む場所は大事だと考えています。今日、オープンキャンパスで若杉先生の話を聞いて、自分のデザインの理想に触れた気がしました。学部を終えたら、ここの大学院に行きたいです」。

新学部・新学科への注目の高まりとともに、参加者数だけからは見えない、この場所に関心を持つ人たちそれぞれの思いを感じることもできた今回のオープンキャンパス。その問題意識の幅広さは、社会の課題に目を向けていくこの学部・学科にとって、そのまま大きな可能性になるのだろう。

来年の春から、この場所ではどんな取り組みが行われていくのか。それが楽しみになる取材だった。


文・杉原環樹 写真・いしかわみちこ、赤羽佑樹