デザインやアートが得意とする「創造的思考力」は、社会のより広い領域の問題解決にも活かすことができる――。そんなビジョンを掲げて、2019年度より新たに設置される造形構想学部・クリエイティブイノベーション学科。同学科に着任予定の教員は、その具体的な方向性をどのように考えているのか? 6月9日と10日、「ムサビオープンキャンパス2018」において開催されたトークイベントの模様を全2回でレポートする。
※同日開催のワークショップについては、後日、別の記事でご紹介します。

前編はこちら


人間に寄り添い、「厄介な問題」に取り組む

地域におけるデザイン実践について話した、9日の若杉浩一の発表につづき、翌10日に登壇したのは、デザイン会社コンセントで代表を務める長谷川敦士だ。長谷川は、日本でサービスデザインの普及に取り組んできた立場から、今日のデザイン領域の広がりについて話した。

現在、デザインを考えるとき、背景として欠かせないのがインターネットの存在だ。たとえば近年普及が進むスマートスピーカーのような商品を考えるとき、デザインとは、単にスピーカーの形や色を決定することにとどまらない。AIスピーカーは、ネットを介してスマホや通販サイトと連動することによって、はじめてモノとして機能し、サービスを提供できるからだ。

「つまり、テクノロジーによって、従来は独立していたモノ同士がつながったのが現代だということです。このときデザインする側にとっても、個々のモノを見る視点だけではなく、複数のプロダクトを組み合わせて使う、利用者への視点が重要になっています」。

人はAIスピーカーを、生活のどんな場面で利用しているのか。キッチンで使うのか、買い物に使うのか。ならば、そこではどんな商品が求められるのか……。こうした利用文脈に基づく商品の計画は、「ユーザー体験(UX)デザイン」として現代のキーワードになっている。

実際に、企業と顧客の接点の比重は、「購入」から「利用」の場面へと移行している。さらに近年では、車や自転車のシェアサービスのように、モノを所有するのではなく、共有して使うこと自体がビジネス化する動きも加速している。製品を製造して、購入してもらい、あとは利用者に委ねる時代から、現代では、一人ひとりの顧客の利用体験にいかに寄り添うかという点へと、ビジネスの主戦場は移っていると長谷川は言う。

では、こうした時代におけるデザインの位置付けとはどんなものか?

長谷川は、「芸術」「科学」「工学」など諸分野との対比を通し、「デザインとは、芸術とも共通する人間の内面の探索を通して、それを社会のために役立てる分野だ」と語る。そしてこのデザインの性質は、現在、従来の社会の枠組みを超えて注目されている。

「というのも、いま社会が解決すべき問題はより複雑化しているからです。たとえば、環境問題や地方の過疎化の問題は、解決策もわからなければ、そもそも正解があるのかさえわからない『厄介な問題』です。こうした問題と向き合うとき有効なのが、正解は見えずともひとまず手を動かしてみる、デザインの思考プロセスなんです」。

ここで長谷川が語るのは、近年注目を浴びる「デザイン思考」という考え方だ。人はある問題に直面したさい、具体的な対象の「観察」に始まり、その抽象的な「モデル」化、解決の方向を示す「方針」の決定を経て、実際の「方策」を施してきた。

しかし、現代の「厄介な問題」においては、「方針」の決定自体が難しい。そこでは、とりあえず手を動かして具体的な「方策」を生み出し、そこで得た知見をあらためて「方針」の決定に役立てるような、デザイナーが以前から行っていた思考プロセスが重要になる。

長谷川は、こうしたプロセスが実際の社会で活用されている例として、デザイナーと行政職員が協働し、どんな公的サービスを作るべきかを考えるデンマークの国営デザインスタジオ「Mind Lab」や、すべての社員がデザイン教育を受けるなど、会社全体でデザインの発想を取り込んだドイツの通信会社「Deutsche Telekom」の事例を挙げた。

「このように、いまデザイナーはモノを作るだけではなく、国や大企業の現場に入り、人間の感覚をよく知る立場からさまざまな活躍をしています」と長谷川。「新学科では、デザインの応用できる世界がこれだけ広がっているという状況を踏まえて、それに対応できる人材を育てていければと考えています」とまとめ、発表を閉じた。

社会に関わるデザインを、美大で学ぶ意義とは?

最後のパートでは、両日ともに井口博美が、求める学生像や学科の特色、入試や学びの仕組みなど新学科の基本的な概要についてあらためて説明した。こちらについては、新学科の関連資料や当サイトでも詳しく紹介されているので、ぜひ参照していただきたい。

こうして2日間にわたるイベントは終了。会場では、熱心にメモをとる参加者の姿も多く見られた。イベント後、発表を行った若杉と長谷川にあらためて話を聞いた。

会場で、ものづくりを目指すある参加者から、「新学科では造形力は求められていないように感じたが、自分のようなモノを作りたい人も入れるか?」と聞かれたという若杉。これに対して若杉は、「もちろん造形力はあるに越したことはありません。しかし、新学科でより重要なのは、それをどう社会に活かしたいかという視点なんです」と語る。

「これからの地域に求められる豊かな循環には、表と裏のデザインが必要だと考えています。表は、モノのデザイン。裏のデザインというのは、地域の住民や高齢者、子どものような、従来はデザインのプロセスと切り離されていた人たちを、その循環にいかに関わらせていくかという問題です。これは、地方における雇用や学びの場づくりにもつながる、可能性に満ちた領域。そこに関心のある学生であれば、ぜひ一緒に学びたいですね」。

いっぽう、発表で、「厄介な問題」に直面した時代における、デザイン思考の需要の高まりに触れていた長谷川は、それを美大という場で学ぶ意義について以下のように語った。

「デザイン思考の本丸はやはり美大なんです。この場所では、誰に言われなくてもそうした教育が昔から行われていたのですから。正解が見えなくても、まず自分でプロトタイプを作ってみる力、あるいは、手を動かすことが同時に考えることでもあるという態度が、美大において学べるものだと確信しています。こうした身体性を重視しながら、教育と企業のプロジェクトとの融合を、どんどん展開していきたいと思っています」。

新学科のイベントは、8月18日と19日に行われるオープンキャンパスをはじめ、今後もさまざまに実施予定。その模様は、また当サイトにおいて紹介していく。


文・杉原環樹 写真・いしかわみちこ