地域社会に根付いた活動のなかで、デザインなどのクリエイティブ領域はどのように活かされているのか。そんな問いを掲げたイベント「『ローカル』とクリエイティブ」が、9月27日、武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパスで開催された。イベントには、長野県小布施町のコワーキングスペース「House Hokusai」管理人の塩澤耕平、トランスローカルマガジン「MOMENT」編集長の白井瞭、経済産業省デザイン政策室室長補佐の菊地拓哉らが登壇。それぞれの経験からトークを行なった。


ローカルにおける「良い場所」の連鎖

今回のイベントは、社会の幅広い場面におけるデザインの活用を目指し、2018年9月に発足されたコミュニティ「ソーシャルクリエイティブ・イニシアチブ(SCI)」が主催するもの。SCIでは、企業、行政、教育など領域を超えた人々が集まり、あるテーマのもと知識や意見を交換し合うイベントを定期的に行なっている。この日の回にも、SCIの発起人から武蔵野美術大学の学生まで、世代や立場を超えた多くの参加者が集まった。

最初に登壇したのは、長野県の人口約1万1千人の街・小布施町で、コワーキングスペース「House Hokusai」を運営する塩澤耕平だ。塩澤は、市の地域おこし協力隊や東京のECサイト企業の仕事と並行して、2018年に「House Hokusai」をオープンした。

もともとは在宅医療や遠隔医療に関わる複数の企業でITの仕事をしていたという塩澤。そんな彼が始めたいと考えたのは、「すべての中心となるカフェ」だ。背景には、震災後の宮城県石巻市でオーナーの実家を改装して生まれた「はまぐり堂」というカフェの存在があったという。この場所では、カフェ業務にとどまらず、ボランティアらも巻き込みながらさまざまなことが起きていた。それを見て、地域での仕事に関心を持った。

最初に考えたのは、長野県駒ヶ根市にある造り酒屋の実家を利用したカフェだ。しかしこの案は、家族の反対もあり頓挫。途方に暮れるなか、2017年、小布施で毎年開かれている35歳以下の若者による「小布施若者会議」に参加した。1980年代の町並み修景事業で景観が大きく変わった小布施では、近年、若者のアイデアによる町づくりの模索が行われている。塩澤もこの会議への参加を機に、町とのつながりができた。

こうして誕生した「House Hokusai」だが、なぜ北斎なのか? じつは小布施は、江戸で活躍した浮世絵師・葛飾北斎が晩年に足繁く通った地として知られる。地元の豪農商・高井鴻山の頼みで制作された岩松院や祭屋台の天井絵は、晩年の傑作だ。江戸から離れて新たな仕事をした北斎の「現代版」ができないか。そんな思いから、コワーキングスペースを作るアイデアが生まれた。物置を改修して生まれた「House Hokusai」は、岩松院の目の前にある。

利用者の中心は、東京からの滞在者や二拠点生活を送る人たちだ。しかし、これだけでは経営が成り立たない。そこで、「おぶせクリエイターズCAMP」という企画を立ち上げ、何かをしたいが術を持たない地元の企業とデザイナーとのマッチングも始めた。

たとえば、老舗栗菓子店「桜井甘精堂」の空きスペースの活用法をデザイナーとともに考えたり、小布施の北斎館と協働で祭屋台に描かれた「波図」をモチーフにしたアロハシャツを京都の染め物工場で作ったり。後者はとくに人気で、事業を通して「クリエイターと小布施の双方に価値あるものを残すこと」を目指しているという。

こうした取り組みをきっかけにして、現在「House Hokusai」の近隣では、空きスペースを利用したカフェや宿泊施設の開設が広がり始めている。多くの人たちが小布施で新たな取り組みを始めたいと考える背後には、先述の「若者会議」の存在や、意欲を持った人たちのアイデアを受け入れる街の人や行政の理解が大きいと話す。

トーク終盤の参加者との応答では、都市ではない地方で行う活動の魅力を、塩澤があらためて語る場面も見られた。

たとえば、東京では感じにくい季節の変化と食材の密接な関係も、小布施では敏感に感じられる。それが、「自分がいま、いつを生きているのかを感じられる幸福感」にもつながっているという。また、ガチガチに決められた計画に従って物事を進めるのではなく、「良い場所」の連鎖を自然に起こしていくうえで、試みにかかるコストが少なくて済む地方には可能性がある。こうした幸福感や「プレイスメイキング」のやり易さも、ローカルの魅力だと塩澤は語った。

ファブロボを軸にした「-able City」の実現

続いて登壇したのは、2019年6月に創刊されたトランスローカルマガジン「MOMENT」(リ・パブリック)の編集長・白井瞭だ。

所属するリ・パブリックのさまざまなプロジェクト経験を通して、白井は地域における活動が「意地悪な問題(Wicked problem)」に囲まれていると感じてきたという。意地悪な問題とは、少子高齢化や人材不足など、解こうとすると新たな問題が生まれてしまうような問題のことだ。こうした現実に対して白井は、「取り組みを始めるにあたり、課題からではなく機会から出発することが重要なのではないか?」と提案する。

問題解決という直線的な思考ではなく、身近なものの潜在力を創造的に引き出すこと。雑誌に冠した「トランスローカル」という言葉には、まさに、「いまここ=ローカルにある資源や文化をべつの見方で見直すことで、その場所の新たなあり方を想像して具現化していく」といった意味が込められているという。

創刊号の特集「-able City」も、こうした発想に連なるものだ。現在、世界的に注目される「スマートシティ」という都市モデルでは、膨大なデータに基づく効率的な街づくりが目指される。しかし、それは安全・便利・快適さと引き換えに、住民を「ユーザー」に還元することでもある。これに対して「-able City」は、スケートボーダーが路上の空間を「乗る」ことのできる(-able)一種の「波」と捉えるように、主体的な読み替えを通して街の資源に新たな価値を見出そうとする「人間の可能性を開く街」のことだ。

トークでは、その視点から白井が近年注目する数々の事例が紹介された。なかでもこの日重点的に取り上げられたのは、アナログからデジタルまで含む工作機械を備えた、「ファブラボ」という工房ネットワークを中心にした取り組みである。

そのひとつが、熊本県南小国町の「ファブラボ阿蘇南小国」だ。杉材の産地として有名なこの町では、かつて40件ほどあった製材所が2件まで減少している。そのうちの一件で始められた「ファブラボ阿蘇南小国」では、施設にある機械を市民に広く開放することで、杉材の循環や、その建築材以外の活用法が市民によって生み出されている。

この取材中に白井が知った「南小国町の子どもが出会う大人ベスト3」というランキングでは、役所職員、兼業農家に続き、ユーチューバーが3位にランクインしていた。子どもにとっては、近所の大人よりスマホが身近になっている。「そうしたなか、ファブラボは手を使って何かを作ることを学ぶ場になっている」と白井は指摘する。

またひとつの事例が、バルセロナにおける「ファブシティ」というプロジェクトだ。従来の産業構造は、低賃金の地域でモノが作られ、それが大都市に運ばれ、また別の場所に捨てられ……というモノの移動を土台にしていた。しかし、巨大なモノの移動自体の環境負荷の高さに加え、こうしたシステムへの依存は地域の力の衰えにもつながる。これに対して「ファブシティ」では、データの移動と先端技術の組み合わせでモノを生み出すファブラボを使って、いかに都市の自給自足性を高めるのかが模索されている。

こうして世界的に導入されているファブラボの可能性を、白井は、(1)環境資源を資本化する技術としてのファブ、(2)作ることを体感する場としてのファブ、(3)自己充足型/自律分散型のサーキュラーモデルとしてのファブ、という三点で整理する。(1)と(2)は南小国町の事例に、(3)は「ファブシティ」の事例に顕著に現れている。

「従来のローカルな活動では、地域にある資源を、技術を使って経済資本に変えていくあり方が主流だった」と白井。「しかし現在では、技術だけではなく、そこに『意味』を加えることで、既存の資源を社会や環境、経済など幅広い価値を持つ資本に変えていくことが目指されているのではないか」と話し、トークを締めた。

「デザイン経営」を、いかにローカライズするか

最後に、経済産業省デザイン政策室で室長補佐を務める菊地拓哉が登壇した。長年、省内でデザイン関係の仕事に従事してきた菊地からは、2018年に経済産業省から発表された「デザイン経営」宣言と、そのローカライズの試みを中心に話があった。

日本のデザイン政策は1957年のグッドデザイン制度の創設などに始まり、近年は対象領域の拡大に伴い、活用策や促進策に力が入れられてきた。そうしたなか昨年発表された「デザイン経営」宣言は、ブランド力とイノベーション力の向上が今後の競争力には欠かせないとの観点から、デザインを経営の中心に据えることを謳ったものだ。

菊地によれば、デザイン経営の必要条件とは、(1)経営チームにデザイン責任者がいること、(2)事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること、である。だが、大企業はともかく、少人数の地域中小企業がこうした体制を整えることは難しい。そこで経産省では、経営者やそのメンバーに、必要なデザインの知識やデザイナーとの対等な関係、総合的なデザインプロデュース力を獲得する機会を提供しようとしている。

たとえば、2018年度の「HOKKAIDO TO GO PROJECT」は、北海道の特色を生かした商品を扱う中小企業に、国内外のデザイナーらを派遣する試みだ。事業者はこのプロセスへの参加を通し、ブランディングの重要性に触れる。また、年二回開催の「デザイン政策研修」では、参加者の意見・情報交換を通し、デザイン活用への理解を深めている。

地方自治体が主導する試みも各地で生まれている。神戸市の「経営・デザイン一体化推進事業」は、その代表例だ。これは、企業とマッチングされたディレクターのもと、デザイン活用による中期の経営計画などを作成し、経営の土台を築くもの。同様の企業とデザイナーのマッチングの取り組みは、九州経済産業局でも実施されている。

さらに経産省では、企業と協働するローカルデザイナーの育成事業「ふるさとデザインアカデミー」も実施している。全国20箇所で行われたこの取り組みでは、研修や現場実習を通じてデザイナーら企業の支援者の能力を高めることで、デザイン経営の推進や地域の課題解決の促進が目指されている。

デザインの領域は、従来のプロダクト中心のあり方を超え、現在では社会的なエコシステムの設計にも広がっている。そうしたなか菊地が今後目指したいと語るのは、国の取り組みと地方自治体など地域の取り組みの好循環を生み出すことだという。
「今日の小布施のような良い事例を、国が把握できていない。各地の先進事例に積極的に学びながら、それをキーマン不在の地域に還元する必要があります。また、今後の取り組みでは、SDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・ガバナンス)という観点も無視できません。それらを踏まえた推進を、今後も目指していきたいと思います」。

現場・メディア・行政がクロスする意義

三人のトークのあとは、司会を務めたクリエイティブイノベーション学科教授・長谷川敦士も交えながら、簡単な意見交換の時間も設けられた。とくに興味深かったのは、菊地の話したデザイン経営に関する施策に対しての、塩澤や白井の指摘だった。

白井は、塩澤の話した季節感の話に触れ、「『デザイン経営』宣言では、ブランド力やイノベーション力の向上が挙げられたが、むしろ『どのように生きたいか』という観点を土台にデザインを考えることが、今後は必要ではないか」と指摘。塩澤も、「センスは知識の集積という言葉がある。研修で身につくこともあるけれど、実際に何かを見ることや体験することで醸成されるものも大きいのではないか」と話した。

これに対して菊地も、「国の事業ではゼロから人を育てるのは難しい。ある程度芽が出ている場所に栄養を与えるのが現実的で、そこでは塩澤さんのようなキーマンや進行形の各地の事例を、白井さんのようにより詳細に分析することが必要になる」と語った。

イベントの終了後、会場で話を聞いた塩澤は、参加した感想をこう話してくれた。

「つねに現場で活動していると、ふと何が大事なのかがわからなくなることもある。そうしたなかで今回は、各地の事例を分析的に見ている白井さんや、それをより俯瞰的に見ている菊地さんのお話を聞いて、目線が縦や横に広がる感覚があった」。

SCIのイベントは、今後もさまざまに展開されていく予定だ。

※この日のイベントでは、メインテーマとは別の「ライトニングトーク」として、イギリスで囚人をスタッフとするレコードレーベル「InHouse Records」を運営するJudah Armaniや、サービスデザインの手法の幅広い領域での実践を目指す「Pub.Lab.」という取り組みを行う株式会社コンセントの小山田那由他によるプレゼンも行われた。


text 杉原環樹(ライター)
photo 星野耕史