デザインやアートが得意とする「創造的思考力」は、社会のより広い領域の問題解決にも活かすことができる――。そんなビジョンを掲げて、2019年度より新たに設置される造形構想学部・クリエイティブイノベーション学科。同学科に着任予定の教員は、その具体的な方向性をどのように考えているのか? 6月9日と10日、「ムサビオープンキャンパス2018」において開催されたトークイベントの模様を全2回でレポートする。
※同日開催のワークショップについては、後日、別の記事でご紹介します。


6月9日と10日、武蔵野美術大学で開催された「ムサビオープンキャンパス2018」内において、来年度より新設される造形構想学部・クリエイティブイノベーション学科を紹介するトークイベントが行われた。このイベントは、受験生や保護者にとって新学科の構想にはじめて直接触れることのできる機会。そのこともあり、会場となる大講義室には両日合わせて130名もの参加者が訪れ、活況を呈した。

登壇者は、いずれも来年4月から新学科に着任予定の篠原規行教授、井口博美教授、長谷川敦士教授、若杉浩一教授の4名(9日は井口、若杉、10日は篠原、井口、長谷川が登壇)。トークでは、社会の仕組みづくりやサービスデザインに造形の力を応用してきた教員たちの視点から、新学科の必要性と可能性が語られた。

「創造的思考力」の活用が求められている

イベントは3部構成。最初の「ごあいさつ」では、導入として新学科の基本的な考え方や設立の目的が紹介された。

9日に同パートを担当した井口は、トークの冒頭、新学科設立の前提を説明。ムサビがこれからも教育的リーダーシップを発揮するためには、自ら「美大の殻」を破るような美大らしからぬ挑戦が求められるという認識を語った。

その挑戦のひとつが、美大における造形志向の見直しだ。これまでムサビは、ファインアートからデザインまで、すべての学科を「造形学部」の一学部に収めてきた。来年からは、ここに新学科を含む「造形構想学部」が加わる。ムサビの枠組みを大きく変える、この改革の目的とは何だろうか。井口は次のように話す。

「造形とは『ものをつくること』で、構想とは『考えること』。もちろん、従来のものづくりのなかにも構想は表裏一体のものとして含まれていましたが、そこで重視されるのは、やはり最終的なモノのかたちだったと言えます。いっぽう、いまデザインやアートに対する社会的な期待はますます広がり、造形で培った教育力が他分野にも活かせるのではないかと言われています。そのなかで、この造形構想学部では、造形を中核に置きつつも、構想の部分をそこから引き離し、より強化することを考えています」。

そのとき大切になる、新学科のキーとも言える考え方が「創造的思考力」だ。造形教育機関であるムサビで育まれてきた、手とともにものごとを考え、現実にしていく力――創造的思考力は、現代ではビジネスや科学の分野からも求められている。井口は、「新学科では、そのニーズに美大として応えていきたい」と語り、導入パートを締めくくった。

地域や社会に、豊かな循環を生み出す

イベントのメインとなるつづく第2パートでは、9日は若杉が、10日は長谷川が、それぞれの経験や知見から、改革が求められる現代のデザイン状況について話した。

9日に登壇した若杉は、内田洋行のデザイン会社パワープレイスにおいてプロダクトデザイナーとして働きつつ、日本に杉のプロダクトを増やすことを目指す「日本全国スギダラケ倶楽部」(スギダラ)を設立。地域や社会に入り込み、既存の枠組みを超えるデザイン実践を行ってきた。そのプレゼンでは、まず若杉が今日の活動に至った経緯が語られた。

大学でプロダクトデザインを学び、「モノをかたちづくることが世の中を美しくする」と信じる若者だったという若杉。ところが、就職して直面したのは、売り上げを最大の目的とする企業の論理だった。「デザインは金儲けの手先なのか?」 疑問を抱いた若杉は、社内でおよそ10年、デザインの現場を離れることになったという。

「しかし、そんなときでも身体からデザインの汁がほとばしるんです。やっぱり自分はデザインがしたいのだと。そこで会社の仕事と並行して始めたのが、社会のためのデザイン。とくに目をつけたのは林業でした。日本は世界第3位の森林率を持つ国ですが、多くの森林は荒れ果てている。デザインはここに入らなければいけないと思いました」。

そして2004年に設立されたのが、スギダラだ。その活動は多岐にわたるが、軸となるのは、輸入材の台頭などにより低迷している、国産杉の材木としての魅力の再発見。土地の杉材を利用したプロダクトを制作しつつ、地元の人と交流、地域と企業を結ぶ活動を行なってきた。スギダラは現在、全国に24支部、約2400人の会員を抱える。

スギダラは非営利活動であり、いわば誰にも頼まれていないデザイン活動だ。しかし、若杉はその取り組みを通じて、「一滴のデザインが地域を変えることがある」と感じたと話す。

たとえば、宮崎県日向市では、街並みや駅舎に杉を使うだけでなく、まちの賑わいづくりに、小学生を参加させ、屋台作りを行った。やがて父兄から、市民に輪が広がり駅前で様々な賑わいを創出して行った。そして、イベントがたくさん開催されるようになり街を訪れる交流人口を増加させ、駅前に賑わいと経済がもたらされた。こうした人の動きの活性化も、若杉にとっては重要なデザイン行為のひとつなのである。

「従来のモノのデザインは、資金や技術を持つ供給者から、消費者へと一方的に与えられるものでした。けれど、いま重要なのは、それらを循環させるデザイン。個人、企業、自治体の間にある『市民』という共通項を軸とした、コトのデザインが求められているんです」。

さらに若杉は、近年の関心として「縁空間」の復活を挙げた。かつて私空間と公空間の境界に広がっていた、縁側や路地といった豊かな人々の交流の場。しかし現代において、こうした場は失われ、街のオープンスペースや地下空間は閑散としてしまっている。

これに対する取り組みのひとつが、無印良品と行う「Open MUJI」だ。毎年開催されているこのイベントでは、週末の丸の内仲通りに、国産の木工品や農産物を販売する屋台が展開。オフィス街に、消費者と地域の生産者、企業の交流の場を生み出した。

モノよりも人のつながりを重視する姿勢は、若杉の話に共通している。発表では、このコミュニティづくりの考え方を子育て支援の問題に活かした、宮崎県日南市の子育て支援センター「ことこと」における活動も紹介された。

最後にあらためて「デザインとは何か?」と若杉。

「造形も重要ですが、その背後に必要なのは、僕たちがどう人間らしく生きるかという気持ちのデザイン。そして、こうしたデザインがいかに始まるかと言えば、TOO MUCH(余計)なことの応酬から始まるというのが僕の考えです。効率的に成功する方法ばかりが教えられる昨今ですが、僕らが育てたいのは、0から1を作る無駄や手間を面白がるような人たち。みなさん、ぜひ一緒に面白がりましょう」と語り、発表を締めた。