2019年春に新設される造形構想学部・クリエイティブイノベーション学科。受験を考える希望者に、体験を通してその教育内容の一端を感じてもらおうと、6月9日と10日に行われたオープンキャンパスで、ワークショップ「クリエイティブイノベーションキャラバン at 鷹の台」が開催された。日用品の改善案を考えることで、イノベーションの意義を体感する内容で、参加者からは斬新なアイデアも飛び出した。
先日レポートした新学科紹介のためのトークイベントにつづき、武蔵野美術大学2号館の講義室で行われたワークショップは、一日2回ずつ、計4回の開催。9日は井口博美教授、若杉浩一教授、荒川歩准教授の3人が、10日は長谷川敦士教授と荒川准教授の2人がファシリテーター役を務めた。
参加者はすべての回を合わせて75名。トークイベントのあとに訪れた参加者も多く、会場の後方では保護者が見守るなか、穏やかな雰囲気で進められた。ここでは、9日の午前中に行われた第1回目の模様を追いながら、その内容をレポートしていく。
イノベーションを阻止するものとは?
参加者が4人一組で着席すると、ワークショップはまず、メンバー間で自己紹介を回していく簡単なワークからスタート。その後、進行役の荒川から、新学科に関する短いレクチャーが行われた。
新学科で重要となる、物事をブレイクスルーするイノベーションの力。しかし、荒川は心理学者の立場から、人には新しい発想を妨害するふたつの障壁があると語る。そのひとつが、心理学の世界で「スキーマ」と呼ばれる一種の思い込みだ。
「たとえば」と紹介されたのは、ひと昔前の家庭用ビデオカメラと冷蔵庫の画像。「これらの製品は、現在の製品の姿とどのように違うでしょうか?」と荒川。
じつはビデオカメラについては、以前は固定的だったモニターやレンズが、近年では多方向に可動するようになった。赤ちゃんのハイハイなど、低い位置にある対象を撮影しやくするためだ。いっぽうの冷蔵庫も、どんな姿勢でも食材を取り出しやすいよう、すべての扉がひきだしタイプになった製品が増えている。
ところが参加者は、なかなか変化を言い当てられない。あるイメージを前にすると、人は簡単にはそこから抜け出すことができない。そう感じさせる一コマだった。
イノベーションの妨げるもうひとつの要因は、「発想の限界」だ。
荒川が、「エンピツ、ふでばこ……」のように近しいものをメンバー間で順番に述べていくワークを与えると、参加者は難なくそれを行うことができた。しかし、今度は互いに無関係のものをつないでいくように指示すると、その進みは遅くなってしまった。
「このように、人は遠いものを結びつけることが苦手。しかし、イノベーションにおいては、まさに意外な事物を連関させる作業こそが重要になります」と荒川。頭の体操のようなレクチャーを終えると、ワークショップはいよいよ本題へと移った。
ビニール傘から見える、社会の課題
この日、参加者に出されたお題は、「現在の傘が抱える問題のひとつを解決する方法を考えよ」というもの。各グループには、おなじみのビニール傘が一本ずつ配られた。普段から使っている製品だが、参加者はどんな課題と解決策を見つけるのか?
初対面同士のメンバー、会話は弾むのかと心配したが、意外にも参加者はみんな積極的に発言していた。ビニール傘を開いたり閉じたり、使用の場面を思い返したり。井口たちも各テーブルをまわり、参加者が挙げた問題点を「面白いね」と盛り上げていく。
5分ほどでさまざまな問題点を出し切ると、つぎに各グループは、そのなかから「解決すべき課題」をひとつ選び、具体的な解決策の議論に移った。問題の発見が普段の観察力によるものならば、解決策には発想の広がりや柔軟性が求められてくる。
ディスカッションが終わると、最後に各グループによる発表が行われた。
一組目のグループが指摘したのは、「傘には巻き方が一方向しかない」という問題。たしかに傘を巻き終わったあと、ボタンが留まらないことに気がつき、面倒ながら逆向きに巻き直すことはよくある。
ハッとする指摘だが、この課題に対してグループでは、「両側から留められるボタンを使う」ことを提案。発表を受けた井口は、「誰もがうっすらと感じていたはずの問題点に目をつけたのがとても良かった。その傘のかたちにネーミングをすると、よりアイデアが活きると思います」とコメントした。
ほかのグループも面白い。「人の傘とぶつかってしまう」のを防ぐため、「傘をドローンで上空に飛ばす」という大胆なアイデアがあれば、「たたむのが大変」という問題を無くすために、傘の形態を折りたたみやすい三角形に変更する案も。教員からはアイデアの面白さだけでなく、それを図解して説明しようとする姿勢への高評価もあった。
発表のなかでも、着眼点にとくに社会的な広がりを感じさせたのは、「傘は素材がバラバラのため、ゴミの分別が大変」という問題に対する、「素材ごとに色を分けて、分別をスムースにする」というアイデアだ。
「傘のデザインと言うと、どうしても『作る』という方向に目が行きますが、その反対側には『捨てる』という場面がある」と若杉。「この視点は、社会の見えにくい領域の仕組みづくりに関わるもの。これからの社会でますます重要になる、資源の循環のデザインに切り込んだアイデアで、正直、『やられた!』と感じました」と評価した。
みんなのアイデアが集まって、新しいアイデアになる
こうして約40分にわたるワークショップは終了。
井口はまとめとして、「デザインのスタートは、普段の観察。たとえばいま、左利き用のハサミは普通になりましたが、傘やハサミのようにきっかけは手元のものでも、その課題の解決が社会全体につながっていることを感じてもらえると嬉しい」と話した。
参加者はどんなことを感じたのだろうか?
神奈川県から訪れた女性(17歳)は、「もともと経営学部を志望していたけど、デザインやアートも好きで進学先に悩んでいた」という。「そんなとき、パンフレットでクリエイティブイノベーション学科の存在を知り、自分向きだと興味を持ちました」。
ワークショプの感想を問うと、「とても楽しかったです。普段、『こんなものがあったらいいな』とか、『あれが困るな』とか、みんな思っているけれど、行動を起こす人は少ないと思う。小さなことを変えるだけでも、状況を変えることはできると感じた。そうしたことが学べる学科なら、面白そうだって思いました」と話してくれた。
いっぽう、会場には上海から訪れた男性(23歳)も。現地ではすでにデザイナーとして働いているが、ブランディングを勉強したくて受験を考えているという。
そんな男性が「新鮮だった」と話すのは、教員が一方的に話すのではなく、参加者と一緒に意見を出し合うワークショップの方法。「みんなのアイデアが集まって、新しいアイデアになる感覚を感じられた」と、参加した手応えを話してくれた。
予想を超える盛り上がりを見せた、今回のワークショップ。とくに驚いたのは、参加者たちがお題に対して躊躇することなく、つぎつぎとアイデアを挙げた点だ。イベント後に若杉へその理由を尋ねると、「今日の参加者の年代くらいまでは、きちんと社会の問題を捉えて、思いついたことを話すという能力を持っているんですよ」との返答が。
「だけど、大学でカテゴリー分けされ、社会でセグメント化された世界に入るなかで、人はこの柔軟な発想を忘れてしまうんですよね。だから僕たちは、この新しい学科で、彼らがもともと持っている能力を活かしながら、デザインの領域を広げることをやりたいと思っているんです」と、新学科への意気込みをあらためて聞かせてくれた。
ワークショップ「クリエイティブイノベーションキャラバン」は、そのタイトル通り、シリーズとして今後も続いていく。詳細はこの新学科サイトで順次発表される。
文・杉原環樹 写真・いしかわみちこ