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「探究科の取り組みと、これからの時代における学び」をテーマに、山形県立山形東高校における探究科の取り組みや、地方高校におけるイノベーション教育、そして本学の新たな取り組みを通して、これからの時代に必要とされる「大学の学び」について、佐藤俊一(山形大学教授/前山形県立山形東高校校長)、小川悠(i.club代表理事)長谷川敦士(武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科教授)がトークを行った。

「探究科」を設置するにあたって


創立136年目を迎えた山形東高校では、時代の変化に合わせた改革が必要だと考え2018年度に「探究科」を設置した。また、学校全体で探究型学習を推進していくために探究部という部活動も設置。「探究科」の設置は、高等学校教育を大きくシフトしていくための1つのシンボルであったと佐藤先生は話す。
「探究」は現在の教育で重要なキーワードだ。これまでの教育は授業で教わる膨大な知識を正確に記憶し、その成果を答案に再現・再生させることに主軸を置いてきた。もちろんそういった教育も必要ではあるが、時代のエポックを感じていた佐藤先生は、これまでの教育方法に大きな疑問を抱いた。これからの時代、その膨大な知識を組み合わせて新しい価値を作り出し、課題解決ができる子どもたちの教育が必要ではないだろうか。そういった考えのもと、山形東高校は「探究科」を設置。産業界、大学、自治体、地域の力を借り、良質な知的刺激を生徒たちに与える教育に比重を置き、現在も取り組んでいる。
また、探究とは学んだ知識を現実の世界に適応させていくプロセスでもあり、その一番身近な現実の世界が地域で、自ずと地域の学習にも力が入っていったと佐藤先生は語る。
大学入試と学習指導要領が一緒に変わることはかつてなく、時代の潮目に伝統校として自ら手をつけていくべきだと考え、取り組んできた佐藤先生だが、高校という組織の中で改革は難しかったのではないかと小川さんは指摘する。高校での学びは大学入試を1つのゴールとしているところがあり、受験に対応する教育もやはり必要で、その中でどう闘ってきたのだろうか。
学校関係者から反対の声はなく、逆風も感じなかった、むしろ追い風だったと佐藤先生は言う。さまざまな人が語る仕事や現実の話は、生徒だけでなく、授業を構築する教員自身も楽しんでいたそうだ。あるメーカーの社長による指導を行っていくなかで、生徒がプロトタイプを作り出し、外部から製品化してみたいという話もこれまでにあった。そういった経験が生徒を大きく成長させ、物理や英語といった机上での学びにも繋がってくる。「探究」の学びを行うことで、教科科目が真に満ちてくるのだ。
山形東高校にとって難関大学への合格者を出すことは大きな使命でもあるが、幸いにも時代の流れで大学側も同調した改革を始めており、入試も学力の3要素に重点をおいた制度に変わりつつある。「探究」の授業は、本質的な学力に1つ大きな推進力を与えてくれると、佐藤先生は信念を持って教員、生徒に伝えている。

 

山形東高校の教育


長谷川の母校でもある山形東高校は、「文武両道、質実剛健、自学自習」をコンセプトに、勉強だけではなく、課外活動、部活動の指導にも力を注いでいる。小川さんも同校の探究の授業に関わっている1人だが、教員一人一人がこの3つのキーワードを非常に大切にしていることが印象的だと話す。
長谷川自身も高校時代は部活動(水泳部)と勉強の両立は当たり前だったが、社会との接点という視点は持てなかったと当時を振り返った。地域の産業や経済など、現実の世界に学ぶべきことは沢山あるが、高校の中でやるべきことをやり、どう学ぶかで自己完結してしまっていたという。佐藤先生もその部分の教育が大きく欠落していたと反省し、校長着任後は真っ先に現実の世界、地域の話を生徒に伝え、県内の企業・研究所に訪問させる取り組みなどを行ってきた。
小川さんは山形東高校の探究の取り組みに対して、土台がありビジョンが明確だったことが大きかったと話す。探究科の設置検討について最初は希望者対象のゼミ(山東探究塾)から始め、何がこの高校に合っているのか段階を踏んで進めていけたのが良かったそうだ。テーマを生徒に決めさせる課題研究の授業では、生徒に考え選択させ、教員が生徒と一緒に取り組む姿勢も印象的だったと小川さんは言う。「探究」に教科書はないが、どこに辿り着くかが分からないのが面白さでもあって、結果までのプロセスが非常に大切なのである。
美術大学でも、1・2年生で絵画や彫塑といった造形の基礎を学ぶ授業を行っている。制作の方向性は肯定するが、適切な批評を行う。探究科におけるテーマ選びの多様性に共通するものを長谷川は感じた。
山形東高校は、2018年度に地元の東北芸術工科大学と連携協定を結んでいる。なぜ進学校が芸術大学と協定を結んだのか不思議に思うかもしれないが、「探究」に必要なものこそが「アート」だと佐藤先生は話す。さまざまなアイデアを組み合わせ、実際のものに知識を組み込んでいき、課題解決を図っていく、その技術が「アート」であり、個々の思考プロセスが「デザイン」なのだ。創造性も大切になってくるため、1年生に東北芸術工科大学によるデザイン思考の講義も受けさせている。また、大学以外にも地域課題の宝庫である市役所とも連携を結んだ。さらに経済同友会にもこのコンソーシアムに入ってもらっている。こういった教育力を学校の中で総動員しながら、将来を生きる子どもたちを育てているのだ。
イノベーション教育を行う上でデザイン思考が大きなベースとなってくるため、その思考が高校生のうちに身につけられるのは非常に大きいと長谷川は話した。

 

時代の変化とアートから得られるもの


武蔵野美術大学は昨年90周年を迎え、歴史を刻んできた大学だが、大きな危機感は抱いている。クリエイティブイノベーション学科の新設も大きな挑戦だったが、予測不能な時代に向けてどういった学びが行われていくのだろうか。
山形東高校の時代の変化にあわせた改革は、本学も同じ課題意識を持って取り組んでおり、繋がっている部分があると長谷川は言う。時代の変化は悪いことばかりではなく、ITの力によって世界中のどこにいても情報を得られ、議論ができ、多様な学びができるようになった。このような時代に果たして教育が今のままでよいのか。問題意識を活かして、より先にも行けるのではないか。課題意識というのは、目の前の問題に対して、やるべきことをやる、そういった考えに思いを強くした。

アートにおいて作品は1つの結果であり、本質は制作過程、プロセスにあると長谷川は言う。視点を養うことは美術の伝統的な教育であり、そのために対象物の観察を徹底的に行う。人間は見ているつもりで、実は何も見えてなく、形にしてみることで初めて認識することもがたくさんある。メタ認知と言って、新しい視点の発見に気づくと、更に違う視点もあると想像を働かせることができるのだ。視点を養うことによって社会で当たり前だと思っていた現象に対して疑いを持てるようになると長谷川は述べた。
また、物を作るときイメージがあっても作り始めるとその通りにはいかない。形が出来上って、自分でも予想しなかった発見もある。自分の思考にはないものを見出すことができるのだ。先が見えない社会で手がかりを見つけだし、プロトタイプを作り続ける、その行為こそがイノベーション教育の基本になってくる。この考え方がこれからの時代における教養と位置づけると、本学の教育理念に掲げる「教養のある美術家の養成」と根幹は一緒であり、高校の探究の授業にも繋がってくると語った。

 

これからの時代における大学のあり方、教養の考え方。「探究」と「研究」


コロナ渦で、答えのない課題を子どもたちに与えてきた大人が今どうあるべきか問われている。子どもたちが将来、実社会でどう立ち振る舞えるのか考えながら、高校、大学教育も考えていくべきだと佐藤先生は話す。高校3年間の「探究」と大学4年間の「研究」、7年間の学びは、子どもたちが個性を生かしながら社会に関わっていくうえで非常に重要な意味を持ってくる。高校での学びを大学で衰退させてはいけない。探究の学びを水準をあげた研究に大学で繋げ、7年間という時間で社会に実装できる力を養って欲しいと佐藤先生は願う。そのためには大学と高校の連携が必要不可欠である。
また、「アート」はリベラルアーツの意味も持つ。リベラルアーツは教養と訳されるが、さまざまな課題を解決するために、理系・文系といった狭い領域にとらわれず幅広い教養を大学で身につけていくべきである。リベラルはリバティ、「自由」とも繋がっている。教養は我々を解放してくれる広い教養でもあって、人類が明るい未来に向けて解放される、そういった意味も持ってくる。アートは芸術だけにとどまらない広い意味での「アート」であると佐藤先生は語った。
自分自身が何に対して情熱を向けられるかを見つけ、それを社会で結び付けられることが一番強いと長谷川は話す。高校で幅を見つけ、大学で深める、途中で変わってもよい。いかに関心興味を持ち続けられるか、見つけたものを深められるか、大学のカリキュラムもしっかり機能させていきたいと話した。

これからの時代、自由に生きることが1つの幸せ、生き方につながるのではと小川さんは話す。自由に生きていくためには、自分の旗を持つ、新しい場所に旗をたてることが大切になるのではないだろうか。地域とつながることも大きな強みで、自分の好きなものを見つけるためには、外部から新しい、人、物、コトに出会うことが重要になってくる。そういった意味では地域との連携は最適である。地域や世界を規模に自分の旗を立てていくためには、抽象化していく、深めていくことが大切で、高校と大学が繋がっていけば更に楽しくなるだろうと小川さんは語った。

クリエイティブイノベーション学科は創造的なイノベーション資質を持てる人材を育てる学科であり、その学科が美術大学に生まれたことは、芸術教育が探究心や視点を養うことに結びつくと長谷川は話す。そういった視点を身につけた子どもたちにデザインのアプローチ、問題解決のアプローチを教えていきたいと長谷川はまとめた。

本学は建学の精神に、「教養のある美術家の養成」、「真に人間的自由に達する美術教育」を謳っている。「美術の力」を社会に伝えていくことが大学の使命であり、100周年に向けて今あるべき教養と自由とは何か、そのべ−スに美術とは何かを問い続け向き合う必要があると考えている。大学としてこれまでやってきたことに間違いはないが、この先どうあるべきか問い続けることが課題である。
美術大学は社会からの誤解もがあるが、いま本当に社会で必要とされている力を身に付けることができる場所でもある。コロナ渦の状況をチャンスにして何ができるのかを考えていきたい。
高校、大学でやるべきことがそれぞれあり、その繋ぎが大切であって、7年というスパンを有効に活かす方法を考えなければいけないと佐藤先生。そこで難しくなってくるのが古くからの入試制度だが、大学も勇気をもって変えていかなければいけない。

 


佐藤俊一(山形大学教授/前山形県立山形東高校校長)
1960年山形県生まれ。東北大学文学部卒業後、山形県公立高校教員に。山形県教育センター、山形県教育庁高校教育課、文化財・生涯学習課などに勤務ののち、山形県立寒河江工業高等学校校長。その後教育庁教育次長を経て、2017年山形県立山形東高等学校長着任。山形県高等学校長会会長を3年間務め、2020年より山形大学エンロールメント・マネジメント部教授。山形県立山形東高校において「探究」と「地域」を合言葉に学校改革に取り組み、2018年探究科を設置。

小川悠 (i.club代表)
1988年神奈川県生まれ。 東京大学工学系研究科修士課程修了。 東日本大震災での復興支援活動や東京大学i.schoolなどでの体験をもとに、だれもが旗をたてられる社会を目指した教育プログラムを開発・提供するi.clubを2012年に創設。全国の中学・高校と連携し、10代へのイノベーション教育を推進する。高校生が考案した 「なまり節ラー油」など、教育プログラムから生まれたアイデアの商品開発のプロデュースも行う。

長谷川敦士(クリエイティブイノべーション学科教授)
1973年山形県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(認知科学/学術博士)。2000年より「理解のデザイナー」インフォメーションアーキテクトとして活動を始める。2002年株式会社コンセント設立、代表を務める。国際的なサービスデザインの組織Service Design Network 日本支部代表も務め、デザインの新しい可能性であるサービスデザインを探索・実践している。著書、監訳多数。