東京・武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス1階の共創スタジオに、無印良品としても初となる産学共創店舗「MUJI com 武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス」がオープンして1年を迎え、金井政明(株式会社良品計画代表取締役会長)、若杉浩一(武蔵野美術大学造形構想学部クリエイティブイノベーション学科教授)が「これからの大学と共創の在り方」をテーマに対談を行った。
良品計画は新潟県上越市の直江津に世界最大クラスとなる「無印良品 直江津」を7月16日にプレオープンさせた。(20日に正式オープン)また、武蔵野美術大学(以下本学)は7月17日に、一般財団法人地域活性化センターと協定を結ぶことを発表。東京にある美術大学が地域で何ができるのか、本当の地域振興、地域創生とはなにか。予測困難な時代に生き抜く人材育成のために、地域課題に向き合うことは大切であると考えている。
地域を巻き込み、地域に巻き込まれる
金井会長
今回の「無印良品 直江津」オープンについては、直江津に無印良品が来てくれてよかったという声がとても多い気がしていて。我々が「超小売り」と言っている「小売りの枠」を飛び出しながらも、様々なデザイン、アートを活用しながら地域に巻き込まれることで、日本のローカルが明るくなっていくことに向けた一つのエポックの店ができたなという風に思っています。
若杉
「グローバルにビッグビジネスを!」という思想の真逆をいくような、「地域のために役立ちたい」という、本質追及的な展開をされているのがとてもうれしくて面白いと思いました。同じように学びも地域にとって大切なもので、本学も地域に無くては困る芸術教育やデザインというものを、これからどのように地域に広げていけばいいのだろうということ考えて、この産学共創店舗(MUJIcom武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス店)にたどり着いたんです。直江津の場合は、オープンキッチンがあったり、Open MUJI、まさしく教室のようなものが備わってきているじゃないですか。そう考えると学びの拠点というのが果たして学校と呼ばれるものであるのだろうか、とちょっと思ったりもしていたり・・。良品計画の中では、地域の人を育てる、あるいは産業を育てるというものが備わっていく未来が少し見えたりもしますよね。
金井会長
僕たちは、いつも会社で学んでいます。地域の中でも、仕事を通して常に学んでいます。ただ、そういうところで役に立つためのスキルや考え方をこういった学校でちゃんと学んでいくということが有益なのだろうなと考えています。直江津のオープンキッチンのメニュー開発の際には、社員が地元の美味しいもの、そんなに気取ってなくて美味しいものを提供する店に足を運んで、修行させてもらって地元の味を提供できるようになったのですが、地域を巻き込みながらいいものを一緒に作り上げていく。それが地域全体にとってプラスになる。この辺の考え方がコンセプトになっているんです。やっぱり根っこは理念や思想みたいなものがあって、その目で見ると、世の中って理不尽なことや違和感がいっぱいある。それが発想の元って感じがします。
若杉
します!!僕は違和感、理不尽を「もやもや」って言っているんですけど、なんかしっくりしないことが世の中にいっぱいあって、それって未来につながるデザインの元みたいな気がするんですよね。そのデザインの元は、足元にたくさんある。特に地域にはたくさんありますよね。今回の直江津の話を聞くと、商いをするということもあるけども、地域の文脈や物語、財産をもう一度見直してリデザインする、繋げていくことを無印良品がやり始めているような気がして。めちゃめちゃ面白いじゃないですか、これって!
金井会長
僕たちは、お店も地域も含めて活動していく「コミュニティーマネージャー」をどんどん育てていきたいと思っているのです。これまでは、企業の本部が方針を決め、その方針に沿って運営するために店長がいたけれど、そうじゃなくて、各地域の店舗がものを考えて、それぞれの地域の課題、要素を集め、各店舗がうまく動けるように本部がサポートする。コミュニティーマネージャーはスタッフや地域の方々に教えてもらったり、いろんなデザイナーとかかわったりして、マネジメントではなくて、まさしく「共創」が仕事という発想です。
「企業が本気になって、大学の力も併せて社会を変える」という構想
金井会長
若杉さんは、デザインを勉強されていた頃、デザインは素敵で、社会をよくしたりできると思っていたけど、企業に入ってデザインを担当すると、売上をより上げるというためにデザインが企業の中に存在していることを目の当たりにして、違和感を覚えてしまったんですよね。そんな世の中の理不尽とか、違っていることに対してずっと戦ってきて、「企業が本気になれば社会は変えられる!」と話していたことがありましたよね。この考えは本当に素晴らしいし、その通りだと思うんです。やっぱり、企業の力、影響力はすごい。そこに大学の力も併せて、社会を変えていこうっていう構想がありますよね。
若杉
いかに自分たちの未来を自分ごととして「もやもや」に立ち向かっていくか、立ち向かったとしてもすぐに解決できるわけじゃないけど、そうやって行動することで気づくことや、形にできるものがあるんじゃないかなって思うんですよ。
金井会長
エンパシー(empathy)ってあるんですよね。シンパシー(sympathy)よりも、もっと深く相手の気持ちに入って、それこそ巻き込まれて「あぁ、困っているな」と感じたなら一緒に手伝ってよくしていくという感覚。このエンパシーが大事なんだろうと思うのです。マーケティングにしても、自分にとって都合のいい方法をとってデザインや言葉を決めるのではなく、自分よりも、相手の立場になれるかどうかっていうことが大事。イギリスではエンパシーの教育もあるみたいだけど、実は僕たちは意識せずにやってきた。昔から「お互い様」という感覚を根っこに持ちながら、日本人っていうのはエンパシーの教育があまりない中でもやってこられていたのだと思うのです。ところが、最近は「自分が得する為の教育」みたいなものが増えてしまっていて、「早く正解を出せば得」といったような方向に何十年かで変わってきてしまっているように思えるのです。そこを変えていく必要がありますよね。
若杉
地域にいくと、余計なお世話の塊なのですよね。そこまでしなくてもいいじゃないかって思うのですけど、エンパシーから発する「あなたのために。よかれば。」という行動がある。最近は、そうやって踏み込んでいく力がほとんど無くなってきているように思えますね。
足元をよく見て、今までなかったものを創り出す
若杉
千葉県鴨川市にある「里のMUJIみんなみの里」の店舗は、データがないところから新たな価値を作るというやり方をしているように思えました。普通、出店計画というとどれくらいの交通量があるのか、どこにあるのか、などのデータが基本になるのかなと思いますが。
金井会長
そうですね。普通に人口が増えて、GDPが上がっていった時代は、画一的に通行量、人口はどのくらいで、どのくらいの所得の人がいてといったデータありきの方法で済んだのでしょうが、今はそんな時代ではなくて、「どうやってこのエリアの役に立とうか」と考えないと、新しいサービスや品ぞろえ、価格などは生まれてこないんです。
若杉
なるほど。日本の経済とか、元気とかずっと底に行く中で、逆にどうやっていくかってチャンスなのかもしれませんね。
金井会長
そうそう。だから、足元をちゃんと見てみるっていう活動が、教育も含めてとても大事なところで、世界はどちらかというと、宇宙戦争的にどうやって覇権を取ろうかという方向で大国が未来を見ているけど、僕たちが見る未来は「足元をよく見ること」から始まる。「うちの田舎には本当に何もなくて・・」とずっと言ってきた地域も、本当はそんなことはなくて、目を凝らしてみると、豊かで何もしなくていいような時代には見えなかったものも見つかって、見つけたものから今までなかったものを創り出す。これがクリエイティブだし、デザインの力だと考えています。
若杉
大学の教育も、足元よりも「いかに空に飛び立つか、俯瞰するか、素早くいくか」っていうような方向に走ってしまうけれど、本質そのものは地べたにある。何もないところからできたものには力強さがありますよね。あれもない、これもない、それもないって地域の人は言うけど、そう思ったらそうなる。だけど「俺はいけている!やるぞ!」っていう人の気持ちの転換で、未来は変わるような気がします。立ち向かう、何かやろう、ギリギリでも作っていくぞっていう人の気持ちに、僕らがどう貢献できるかっていうことを考えます。学びにも、産業にも計算づくではないような気がしていて。
金井会長
そういう生き方を、一緒にやりながら多くの人に伝わっていくっていうのも一つの大きな教育かなとも思います。これからも、色々な地域で、大きくても小さくても拠点をもって役に立てるようにやっていきたいと思っています。その時に「美術の力」っていうのも考えていきたい。ただ、美術っていうとちょっと距離があるような感じがしているけれど、そんなに難しく考える必要はなくて、もっと多くの人が触れたり、感じたりする社会ってとってもいいと考えています。美術大学を卒業された人などを巻き込んで、そういう社会をもっと開いていくようなことをやりたいと思います。
今まで見えていなかったものを見つけ出し、地域や社会にとってどのように役に立てるだろうかという視点から、新しいものを生み出す。行き詰まりをみせているかのような、今の社会にとって、希望の光のようにも思えてならない。良品計画がもつ大戦略「役に立つ」×本学が90年間で培ってきた「創造的思考力」。産学が共創することは、社会における違和感を払拭したり、人と人、人と地域を結んだり、あるいは新しい文化を築きあげることができる可能性を大いに秘めていると感じさせてくれる対談となった。