ci Radio ~MUSABI WEB OPEN CAMPUS 2020~

好きを貫き通すことによって得られる学びとは何か。これからの時代における「大学進学」、地方高校の課題について、越猪浩樹(熊本県立熊本高校校長)、高濱正伸(武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科客員教授)、若杉浩一(武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科教授)がトークを行った。

美術大学の印象、高校時代を振り返って


自立できない大人がこの国に溢れているという問題意識から、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、考える力、遊びの質を高めるために「花まる学習会」を設立した高濱。自分の好きなことが見つけられず、「やらされ感」を持つ大人が多い世の中だが、その意識の払拭のために、芸術教育は大きな可能性があると話す。
芸術教育の現場である美術大学は高校からどのような印象を持たれているのか。熊本高校に限らず、地方の公立高校の生徒、保護者からは、かなり固定的な印象があるのではないかと越猪先生は話す。限られた一部の人が好きなことをやっている、実技を中心とした活動が多く、卒業した後社会で生きていけるのか、それ以前にお金がかかるのではないか、という印象だ。小学校、中学校の頃から美術系の大学に進みたいと思うような子どもたちは美術科のある高校に進学する。熊本県の場合は学校数が限られてくるため、普通高校や専門高校に進学した子どもたちは、美術大学との縁はほとんど無くなってしまうそうだ。
ともに熊本高校出身である高濱と若杉は、高校時代、何を手がかりに未来を考えていたのか。1つの軸は音楽だったと高濱は話す。好きなことに向きあっている自分は良く感じられ、一方で、褒められるために勉強をしている自分が嫌いだった。受験のために淡々と勉強をこなすことができなく、当時は虚しさを感じていたという。それでも担任の先生は「お前はやるときはやる、好きなことに打ち込みなさい」と認めてくれ、その存在は大きかった。
若杉も当時を振り返り、勉強にのめり込む生徒はいたものの、自分の色を持ち自分の色を出す生徒が多く、同級生には影響されてきたと話す。卒業後はデザインの道に進んだ若杉だが、美術の授業はそれほど好きではなかったという。しかし、妙に良い点数をくれ自信をつけてくれた先生がいた。「もしかして自分はいけるのではないか」そういう風に思わせてくれたのであった。このおおらかな教育方針は今も基本的には変わらない。では、現在の熊本高校はどのような取り組みを行っているのだろうか。

 

熊本高校の取り直みと感性を伸ばす生き方


昨年の10月に若杉は熊本高校で講演を行った。「ノブレスチャレンジ」という講演企画は、熊本高校にゆかりのある人物や国内外の有識者などを招聘し、対話を通して社会課題の発見や解決のための知見を学ぶ放課後セミナーである。学校の学びとは違う大人との出会いは、生徒の意識を変え、さまざま可能性があると越猪先生は話す。また文化祭、体育祭、水泳大会、仮装行列といった行事も多く、生徒が自ら企画を立ち上げ実施している。進学校のため勉強面はハードではあるが、54個もの部活動があり、掛け持ちしている生徒も多いそうだ。部活動に熱心であることは非常に良いと高濱は言う。何かに向かって夢中になり、仲間と力を合わせやり抜くことで、頭が活性化される。その経験が、社会人になったとき直接役に立つというのだ。勉強で得られる知識は大切だが、高校生の時にしか得られないものは沢山ある。部活動は自らの意思で取り組むものであり、それは自分の行動をやり抜くことに繋がる。勉強することは当たり前で、自分の好きを諦めないことが大切であると高濱は述べた。
好きなことを貫く生き方はまさしくアートとデザイン、いわゆる感性の世界である。しかし、時間やお金がかかる、メシが食えないことに直結してしまう。今の時代にアートはどのような意味を持ってくるのか若杉は問いを投げかけた。

ものすごい勢いで変化しているが、日本はその変化に対応できずにいると高濱は言う。直感や感覚で動けず、言い訳を求める大人が増えているのが現実だ。コロナのようなパンデミックは必ず繰り返す。次に起きたとき、どのような対応ができるかが重要である。人生は選択の連続だが、直感で選択していくことが大切であり、鍛え抜かれた感性を磨いていかなければいけないのだ。感性を伸ばす方法として、幼児期は自然に触れることが1番であるが、思春期はレベルの高い芸術に触れることが必要になってくると高濱は言う。面白いものや感性に優れたもの触れると、くだらないことを考えなくなる。世の中の価値観に惑わされず、自分の意思で選べるようになり、生きていることが楽しくなるのだ。目先のものに飛びつかず、自分を磨き、昨日より面白いことをする意識も必要だ。そういった意味で、美術大学は感性を磨ける場所、見えないものの美しさや、問題の本質を見つけ出す力を学ぶことができる場所だと若杉は話す。在学中はデザインやアートの技術を身につけていくが、卒業後の活躍場所は美術の分野に限らずさまざまだ。これからの時代、数値化できない見えないものを表現していく力が求められていくのだと語った。

 

自分に向き合い、好きなことを見つける


熊本高校の初代校長は、教師には4つの良い条件があると説いていたそうだ。
1つ目は安心して信頼できる教員であること、
2つ目に生徒に親切であること。
3つ目に学力が豊富であること。
4つ目に志士的な風格を備えていることだ。
良い距離感で生徒と関わり、世の中を変えていく意識を持った教師であるべきであると、越猪先生もその考え方を受け継いでいる。また、難関大学に合格させるために高校があるわけではなく、子どもたちの見えない才能を見つけだす、高校はそういう場所であらねばならないと越猪先生は話す。高濱も子どもたちには自分自身で考え抜いた道を選んで欲しいと願う。難関大学を目指すことが決して悪いことではないが、他人が喜ぶからという理由で選んではいけない、選択に正解はないが決して自分を騙してはいけないのだと思いを強くした。では、進路を選択するにあたって自分の好きなものをいつ見出せるのだろうか。高校3年生から大学に入学するまでが1番悩む時期で、その時の判断が1つの方向性を決めるのではないかと越猪先生は言う。塾に通っていたような子どもたちが、自分の学びに向き合う時期がターニングポイントとなってくる。また、探究の授業で自分の好きなことを突き詰める経験があると進路選択の幅も広がってくるのではないかと話した。若杉も、義務教育ではない学び、社会を知り人生の師匠に出会う機会を作ることが自分のテーマであると語る。それは高校生だけでない、現代を生きる大人達のためにも新しい学び舎が必要なのだ。先が見える人材を養成していかなければいけないことが、今後の課題であると話した。

 

いまを生きる子どもたちへのメッセージ


受験勉強は受験というシステムに合格するための勉強、オリンピックと一緒であると高濱は話す。メダルをもらうことがゴールではなく、戦いに勝ち抜くための日々に成長があるのだ。台湾の実験教育に関心を抱いている越猪先生だが、その中に面白い考え方があるという。知識を詰め込んで難関大学に入った子どもたちが1番であるという価値観であれば、生き残るのはいつでも少数だ。これからの時代、全ての子どもたちが興味や関心を活かして学ぶ力を身に付けることが国と個人が生き残るための鍵になるという考え方だ。1番になることを否定するわけでなく、オンリーワンになる素晴らしさが必要になってくる。1番だけがよいという考え方であれば、社会に成長はないのだと越猪先生は語った。
現在さまざま地域で活動している若杉だが、人もお金も若者もいない、大人がそう言い続けていれば益々人口が減ってしまうと話す。大人が一生懸命に地域と向き合い面白いことをしていけば、地域が元気なり経済も活発になる。人の気持ち次第で未来は書き換えられる可能性があると思いを述べた。熊本高校は探究活動の取り組みの一貫で、生徒のワクワク度を測定する研究を企業と共同で行っている。どういう時に楽しくなり気持ちが前向きになるのかを測定するものだ。教師の目から見えない生徒の心情を校長として掴みたいとこの研究を始めた越猪先生だが、これからの時代、学力だけではなくワクワク度で勝負できるようになれば面白いと高濱も共感した。ワクワクを可視化できるようデザインしていきたいと若杉も話した。

この先、様々な大人がいろんな事を言ってくる。しかし、自分にとって本当に楽しい人生にして欲しいと高濱は願う。いま熱中していることを大切にして行動する、たくさん感じる。その思いを言葉にして日記のように書き留める事が、自分の芯を見つけ、内面を高める良い方法だという。越猪先生も若い時は一人になることを恐れてはいけないと話す。周りと自分を切り離して孤独を楽しみ、自分一人で物事を考え、周りがやらなくても自分はやる、そういった事が一つでも見つけられれば良いのだ。また、親を説得できるくらい情熱を傾けられるものを見つけて欲しい。一人一人がリードしていく世の中では、さまざまな考えがあった方が楽しく、自分がリードしていくという気持ちで学校生活を送って欲しいと願った。若杉も中学校までは親の期待を背負ってきたが、自分の色を持つことが楽しく、自分の色を探し続けたのが高校時代だった。社会に出たとき、その色が社会とそぐわないと感じた事もあったが、今は自分の色と近い人と、お互いの色を確認し合いながらカラフルな世界を見ることを大切にし、それが楽しくてしょうがないのだ。芸術は自分の色を見つけ出す活動そのものだ。これからを生きる子どもたちには、好きを貫き通して、自分の色を見つけ出して欲しいとエールを送った。

 


越猪浩樹(熊本県立熊本高校校長)
1960年生まれ。1984年熊本県採用。1998年(平成10年4月)から2003年(平成15年3月)まで、熊本高校で勤務。熊本県立教育センター、 県教育委員会、 県立宇土中・宇土高校校長、県教育委員会指導局長を経て、2018年(平成30年4月)から熊本県立熊本高校長。今日の座右の銘は、「人生意気に感ず 功名誰か論ぜん」(ころころかわるので)。STEAM教育の「A」について、考察中。

高濱正伸(客員教授/花まる学習会代表)
1959年熊本県人吉市生まれ。東京大学農学部卒業、同大学院農学系研究科修士課程修了。1993年に「この国は自立できない大人を量産している」という問題意識から、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、学習塾「花まる学習会」を設立。算数オリンピック委員会理事。日本棋院理事。「官民一体型学校」「思考力授業」「子育て講演会」などの形で、公立学校に協力を行っている。

若杉浩一(クリエイティブイノベーション学科教授)
1959年熊本県生まれ。九州芸術工科大学芸術工学部工業設計学科卒業。株式会社内田洋行を経て、内田洋行のデザイン会社であるパワープレイス株式会社にて、ITとデザインのメンバーを集めたリレーションデザインセンターを設立し、事業化を志す。企業の枠やジャンルにとらわれない活動を通して、企業と個人、社会の接点を模索している。