株式会社良品計画と武蔵野美術大学の産学共創店舗「MUJIcom 武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス」が、7月18日、市ヶ谷キャンパス一階にオープンした。それにあたり、17日には良品計画の金井政明代表取締役会長とムサビの長澤忠徳学長のトークも含む内覧会が、19日には良品計画のスタッフやクリエイティブ・イノベーション学科の若杉浩一教授らが登壇する関連イベントが開催された。両日の模様をレポートする。


具体を通して学ぶためのプラットフォーム

新たに誕生した「MUJIcom」は、良品計画にとって初の大学キャパスへの出店となる。そうした注目度の高さもあってか、17日の内覧会には多数のメディアが集まった。

はじめに挨拶に立った良品計画会長の金井政明は、「無印良品では、社会が望ましい方向に向かううえで役立つ事業を積極的に行なってきた」とし、近年同社が展開している団地や古民家、道の駅、公園などに関わるプロジェクトの事例を紹介。また、分断や格差の広がる現代におけるデザインの重要性を指摘したうえで、「この新店舗も、大学や企業だけでなく、地域を巻き込み社会のあり方を考える場にしたい」と語った。

いっぽう、ムサビ学長の長澤忠徳は、新店舗を「社会との共創のプラットフォーム」と表現。「架空の商品を考えるだけでなく、実際に売ってみる、運用してみることを長年考えてきたが、経済に触れると汚れるのではという潔癖感もあり、これまでは実現できなかった。そのなかで、学生が(社会の)具体を体験できる場を実現できたことは、美術大学にとってエポックメイキングなこと」と、教育におけるその意義を話した。

出店にあたり、良品計画では周辺地域の声をリサーチを行なった。そこでは、日常の買い物の不便さや一息がつける場所の無さを指摘する声が上がり、外堀を挟んだ新宿区側と千代田区側の分断も見えてきたという。新店舗の構想には、こうした声が反映されている。

共創スタジオは大きく六つのエリアに分かれる。一般の店舗にもある「日用品」や「暮らしの基本商品」の販売コーナーのほか、学食を兼ねた「カフェ」や、展示やイベントを行うスペースも。また、廃材を使ったワークショップが行われる「com studio」や、大学のプロジェクトの一環で生まれた製品やサービスを実験的に展開する「Open Market」も設置。学生自身も店舗に立ち、実際に訪れた人々と接する。

こうした店舗のあり方について長澤は、「実際のビジネスが内包された空間。どこまでが教育でビジネスなのか、境界がわからなくなる空間で、その評価の仕方自体も自分たちで考えないといけない場所を持つことができたことには意味がある」と語った。

「デザイン」の幅を広げる

17日の内覧会の後半では、金井と長澤のトークが行われた。

最初に長澤が、無印良品とムサビの関係性を紹介した。そもそも両者には、無印良品の立ち上げ時よりムサビの教授だった小池一子や故・杉本貴志らが関わり、現在も小池に加えて、原研哉や深澤直人、須藤玲子ら、大学に縁のあるデザイナーがアドバイザリーボードのメンバーとして経営にも関わっているといったつながりがある。

「商品からコミュニケーションまで、企業活動の軸にデザインという考え方を据えたこうした企業はあまりないと思う」と金井。現在取り組んでいる、社会課題に対応した公共的な取り組みの背景にも、そうした考え方がある。

また金井は、北欧では行政のシステムも「デザイン」という言葉で語られるなど、デザインの視点が社会に浸透しているのに対し、日本ではそれがないことも指摘。「この店舗はそうしたリテラシーを育てていく場でもありたい」と話す。

これを受けて長澤は、市ヶ谷キャンパスに拠点のある新設のクリエイティブ・イノベーション学科では、政策のデザインを考える取り組みも開始したことを紹介。「一般的にはデザインといえば、まだ色や形に関わるものとの印象があるが、それを超えないといけない。あらゆる領域のイメージを超える“Beyond the Rules”を体現する活動をしたい」として、「この店舗では、ポジティブで爽やかな事件を起こしたい」と語った。

トークでは、現代における「学び」の重要性にも話題が及んだ。長澤は、建築家バックミンスター・フラーがかつて「成熟社会では、経済は教育型になっていく」と予想したことを挙げ、「今後の社会では教育とビジネスの垣根がますます曖昧になる」と話す。

また金井も、人間が文明と引き換えに生命力を失ったことを指す人類学の概念「自己家畜化」や、国連の「世界幸福度ランキング」で日本の順位が下降傾向にあることなどに言及。「経済だけが目的ではなく、自分が役に立っている実感を持てることこそが本来の幸福ではないかと思っている」と語り、新店舗に対する期待をあらためて見せた。

地域と企業や国との、新たな循環を目指して

つづいて19日には、市ヶ谷キャンパス7階で、「MUJIcom」のオープンに関連したイベント「ソーシャルクリエイティブ・イニシアチブ:共創と学びの場」(*1)が開催された。

イベントは二部構成となり、「MUJIcom」に直接関わる前半では、クリエイティブ・イノベーション学科から教授の若杉浩一、良品計画からデザイナーの小山裕介やATELIER MUJIシニアキュレーターの鈴木潤子、ソーシャルグッド事業部の生明弘好などが登壇。後半では店舗周辺の企業や大学として、DNPコミュニケーションデザインの松川雅⼀、法政大学システムデザイン学科教授の安積伸が、それぞれ10分ほど自身の取り組みについて発表を行なった。ここではこのうち、前半の登壇者の発表を紹介していく。

最初に登壇した若杉は、主宰する「日本全国スギダラケ倶楽部」(スギダラ)と無印良品とのさまざま取り組みや、背景にあるデザイン観の変化について語った。

もともと大手デザイン企業のデザイナーだった若杉は、経済優先のデザインに疑問を感じ、国産の杉材の再発見やそれを通じた地域活性を目指すスギダラを2004年に発足。じつは良品計画の会長・金井もスギダラの会員であり、両者はこれまで杉を使った製品開発や店舗リニューアル、道の駅や学校のデザインなどで協働を続けてきた。

今回オープンした「MUJIcom」は、「そのなかでも従来はやられてこなかった学びの分野に関する新しい取り組みだ」と若杉。店内にある「Open Market」では、学生が地域におけるリサーチや活動を通じて考えた製品やサービスのプロトタイプが実験的に展開され、上手くいったアイデアは無印良品において製品化される可能性もあるという。

こうした試みの背景にあるのは、「企業や国が地域から人やお金を吸い上げる従来型の社会から、両者が循環する新しい社会モデルへの変化だ」と若杉は話す。「そのインフラを整えるために必要なのがデザイン。この店舗をそのハブにしていければと思う」。

いっぽう、良品計画のデザイナーの小山裕介は、同社におけるデザイン思想や、その具体的なプロセスを中心に発表を行なった。

良品計画ではその初期より、「素材の選択」「工程の点検」「包装の簡略化」をデザインの軸に据えてきた。具体的なデザイン手法では、ユーザーとの対話を指す「Dialog」、既存のものに新たな価値を見出す「Found」、リアルな生活の姿を観察する「0bservation」の三つを展開。たとえば、「Dialog」からはヒット作の身体にフィットするソファが、「Found」からは中国の古い椅子をリデザインした椅子が、「0bservation」からはものをかけられる独立式の長押や、しゃもじ置き付きの炊飯器などの製品が生まれた。

ただ、そうしたプロセスだけでは、「今後、さらに深刻になるゴミ問題に対応することはできない」と小山。そして、「MUJIcom」に設置された、廃材を利用したものづくりが行われる「com studio」では、リサイクルを楽しむと同時に、「なぜこのようなゴミが出るのか、そのものづくりは正しいのか、という部分まで考えてほしい」と語った。

展覧会に地域プロジェクト。人の潜在力を信じる

つづいて登壇したATELIER MUJIシニアキュレーターの鈴木潤子は、良品計画で展示やイベントを担う、いわば「コト」担当だ。彼女は、「MUJIcom」のオープンにあたり開催された参加型展覧会「ここから始めよう、みんなの新しい学び舎」の制作プロセスを中心に発表を行なった。

鈴木が今回の展示を依頼されたのは、今年5月だったという。お題は、「当事者として市ヶ谷で始まる新しい学びの価値を考え、共感できる展覧会」。国内約460店舗を数える無印良品だが、「学び」は新しい課題だった。しかも、開催まであまりに時間がない。

そこで考えたのが、ものの移動を伴う展示ではなく、100年後に向けた人々の言葉、つまりマニフェストの展示だった。実際の会場では、天井に設置された白い布や吊り下げられた紙に、ムサビの教員や学生、さらに店舗を訪れた人々による「100年先の未来に向けてすべきことは?」という問いへの答えが並ぶ。

準備にあたってはさまざまな困難に直面したが、「デザイン思考には限りがないと信じて開催にこぎつけた」と鈴木。9月30日までの開催期間中、「来店者が新たに足した言葉によって、展示は有機的に変化していく」と話し、参加を呼びかけた。

そして、最後に登壇したのは、良品計画ソーシャルグッド事業部の生明弘好。東アジアやニューヨークなどで長年海外店舗の立ち上げに携わってきた生明は、近年取り組んでいるという、里山や東京郊外における農家や小学校とのプロジェクトを紹介した。

たとえば、千葉県鴨川市で展開する「鴨川里山トラスト」は、高齢化で生まれた耕作放棄地の棚田をはじめとする里山文化の保全プロジェクト。「社会的意義だけでなく経済性もないと活動は長続きしない」という生明。価格が低迷する地元のお米を使い、そこに新しい価値を加えようと、限定商品の「日本酒」の販売も行ってきた。

さらに、同市の道の駅「みんなみの里」では、農産品の直売や独自製品を開発。隣の南房総市では、小学校の旧校舎を改装した複合施設「シラハマ校舎」の校庭で、菜園付き小屋の販売も展開する。こうした農業に関する事業や農家との連携は、板橋区の住宅地にある「MUJIcom 光が丘ゆりの木商店街」など、都内でも行われているという。

最後に「私たち多くの先祖だった百姓は、もともと百の仕事をする人の意味」と生明。近代化のなかで仕事は分業化されていったが、「私たちにはまだ百の仕事をできる潜在能力がある。日本がどんどんシュリンクしていくなかで、個人がいくつもの分野で仕事をすることで、社会のあり方を変えることができるのではないか」と訴えた。

関係性から生まれたものを育てる場所

今回、新しくオープンした市ヶ谷キャンパスの「MUJIcom」は、クリエイティブ・イノベーション学科が設立にあたって掲げた、美術大学における「創造的思考力」と実社会の経済や地域をつなげるというビジョンの、具体的なステージとしてある。そこからどのような成果や可能性が生まれてくるのか。これについては、今後の大学と店舗の活動を待つほかないが、紹介したふたつのイベントからは、そのビジョンと良品計画という企業の親和性や、そこで行われるいくつかの試みの姿が見えてきた。

19日のイベント終了後に話を聞いた若杉は、この店舗を、「すでにつくられている製品をただ買う場所ではなく、ここで出会った人たちの関係性から生まれたものを大切に育てる場所にしていきたい」と語った。また、「この場自体が一種のプロタイプとなり、全国にある無印良品の店舗や地域のなかにも、目に見えないコトのデザインの価値を学ぶ場所が広がっていくことを期待したい」とも話す。

同店舗における活動は、今後も適宜、当サイトにてレポートしていきたい。


text 杉原環樹(ライター)

*1 「ソーシャルクリエイティブ・イニシアチブ」……社会課題の解決や新たな人類の価値創出を目指して、企業、行政、地域、教育関係者らがオープンに集うコミュニティ。今年7月には、その拠点となる「ソーシャルクリエイティブ・イニシアチブ研究所」が武蔵野美術大学に開設された。