心理学の方法論や理論を活用しよりよい社会をつくるための可能性を探る
荒川歩 教授
造形構想学部クリエイティブイノベーション学科には、デザイン、マーケティング、ブランディングなどの専門家とともに、心理学が専門の教員が配属される。社会のイノベーションや課題解決を目指す新学科の学びと心理学がどのように関係するのか? 荒川歩准教授に話を聞いた。
心理学的なアプローチで潜在的な価値を探る
私の専門は心理学ですから、「心理学者がなぜこの学科に?」と疑問に思われる方がいるかもしれません。しかし、イノベーションにおいてはさまざまなレベルで心理学のアプローチが有効になる——今回はそんなお話をしたいと思います。
そもそも、従来の商品やサービス開発は「ユーザーはこういうものを求めているだろう」という企業側の意図、思惑から始まるケースが多く、ある意味、それでビジネスが成り立っていました。しかし、市場がグローバル化し、さまざまな商品、サービスが比較できるようになったことで、これまで以上に細かなニーズへの対策が必要になっているのが現状です。
ユーザー側の力も強くなり、彼ら自身も意識していない潜在的なニーズに応えたり、ニーズすらない中で新しい価値を生み出せるような提案——単に「速い」とか「きれいになる」というレベルではない、人々のストーリーに寄り添った価値の提案が求められているんですね。
その際に欠かすことができないのが、心理学の理論や方法論です。新しい商品を開発するために、企業はよくアンケート調査と呼ばれるものを実施しますが、こうした調査で得られたデータは「お客様の○%が満足しました」と紹介するのには役立っても、新しい価値を生み出すためには有効ではないと指摘されることがあります。また、同じくよく用いられるものにグループインタビューという方法もありますが、そこから出てくるニーズも表面的なものになりがちです。ですから、心理学的なアプローチでその背後にある潜在的な価値を探り、それを商品、サービス開発につなげることが現在の流れだと言えます。
相反する欲求を持つ人の心理をどう開発に活かすか
具体例を挙げると、これは鷹の台キャンパスで以前行ったワークショップでもお話ししましたが、ひと昔前のビデオカメラを見せて「これをどうアップデートしたらいいと思う?」と聞いても、アイデアってなかなか出てこないんですね。
しかし、ビデオカメラを持った人がどのように行動するのか観察してみると、ハイハイしている赤ちゃんを無理のある姿勢で撮っていたり、運動会の人混みの中で撮影に苦労していたりすることがわかる。こうした観察、分析から「固定式のファインダーではユーザーのニーズに応えられてない。ファインダーやモニターを自由に動かせるようにしたらどうだろう?」と、新しい発想が生み出されたといわれています。
行動観察などを通して人々が持っている価値を理解する方法論がある一方で、人に“快”をもたらすメカニズムを理論的に検討して、それを最大限活かすシステムやサービスを考える進化論的なアプローチもあります。
たとえば、心理学の世界では、人は2つの相反する欲求を持っていると考えられています。ひとつは馴染み深いものに囲まれていたいという欲求、もうひとつはできるだけほかの人とは違う、新しいものを持っていたいという欲求です。これらの欲求は個人差もあるし、状況によっても変わります。親しい仲間といる時は周りと違っていたいと思うし、慣れない場所にいると馴染みのあるものに親しみを感じたりする経験は、みなさんにもあるでしょう。
また、人は無意識のレベルでは見慣れたものを好み、意識のレベルでは新しいものに快を感じるともいわれています。ですから、人気のあるテレビドラマや映画の基本的な構造を抽象化すると、典型的なドラマ構造がみえてくる。そこへ新しくみえる仕掛けを表面的に加えることで、一見新鮮に感じるわけですね。こうした人間の心理をどうやって商品、サービス開発に織り込むかを考えるのも、心理学だからこそできるアプローチです。
クリエイティブイノベーション学科では、全学共通科目の「心理学」をはじめ、「クリエイティブイノベーション基礎実習」(1年次必修)や「フィールドリサーチ演習」(1・2年次必修)などの講義・演習で、こうした心理学の方法論や理論の活用方法を学んでもらいたいと考えています。
また、現代社会の問題を多様な観点から読み解く「現代社会産業論」(1・2年次必修)でも、デザイン、産業、科学はもちろん、生殖補助医療や人工知能、原子力などさまざまな領域の負の側面と正の側面を学び、社会の移り変わりを俯瞰的に捉えることで、単なる商品、サービス開発にとどまらない、よりよい社会をつくるための新しい可能性を探っていってほしいと考えています。