「圧倒的プロトタイピング」を通して社会で生きる逞しさ、喜びを感じてほしい

若杉浩一 教授

新学科に着任予定の若杉浩一は、内田洋行のデザイン会社であるパワープレイスにおいて、従来のデザインの枠組みにとらわれない「社会のためのデザイン」を実践してきた。その若杉からは、3・4年次の専門課程で期待される学びの姿勢、そして新学科が目指すこれからのデザインの姿が語られた。

専門課程は“リアルなもの”が介入してくる時間になる

いままでの教育は「これを覚えたら、次はこれをやりましょう」という積み上げ式のカリキュラムが伝統でしたが、実際に会社に入ると「コレをやってみろ!」と、いきなり“試練”から始まることがほとんどだと思います。私も大学でプロダクトデザインを学んだけれど、大学で学んだことが社会に出て直接役立ったかといえば、一回、ゼロベースになった。もちろん長い目でみれば役立つこともあるんですが、細かいスキルはほとんど使えなかった覚えがあります。だからこそ、新学科の特に専門課程(3・4年次)は、学内で社会の実態を提示するというか、社会に出ると目の当たりにする“リアルなもの”が介入してくる時間にしたいと考えているんです。

たとえば、専門課程の「産学プロジェクト実践演習」は、まさしく企業や行政を巻き込んで新しい課題解決の方向性を見出していく、新学科のカリキュラムの中心となる授業です。株式会社良品計画と協働で市ヶ谷キャンパスに店舗(共創実験店舗「MUJI com 武蔵野美術大学」)を出店するのも、「テナントが入る」という単純な話ではありません。ほかの大学に設置されている大学生協は生活必需品を販売して学生生活をサポートしていますが、そういう商品やサービスすら大学と企業が協力して開発し、実用化に向けた検証を店舗で行うことも考えられます。つまり、実証研究の入口から出口までを学内に設けているわけです。

このような実践的な学びを展開するにあたって重視しているのが、「圧倒的プロトタイピング」と私たち教授陣が呼んでいるものです。事業計画を立ててアイデアを出し、収支バランスを考慮しながら何かをつくり出すような“メソッドの積み上げ”ではなく、とりあえずプロトタイプをつくって試してみる。それで失敗したら学びの糧にすればいいし、うまくいったら次の展開を考えるというふうに、正解が見えなくても手を動かしながら考え、突き詰めていく姿勢を、実践を繰り返す中で身につけてもらいたいと考えています。

学生にとっては厳しいカリキュラムになるかもしれません。でも、無理だった、ダメだったという経験も重要ですから、それをできるだけ大学にいる間に重ねて、実社会の厳しさや生きていく逞しさ、喜びをリアルに感じてほしい。教員たちも本気ですよ。教員ごとにテーマやゼミを分けるのは、結局、教員側のロジックでしかない。実際の企業で何かプロジェクトを始めるとなれば、必要な人材を各所から集めてくるわけですから、私たちも研究テーマをお互いに共有して、加担できることがあれば総掛かりで取り掛かる、そんな体制を整えていきます。

デザインリソースがあることで世の中の風景は変えられる

ガイダンスやトークイベントで話をしていると、「この学科を卒業したらどんな仕事に就けるのか?」と聞かれることがあります。高度経済成長期であれば、グラフィックデザインなら広告会社に就職する、プロダクトデザインなら家電や自動車メーカーに入るなど、それぞれの将来像が産業の中にはっきりと見えていましたから、もっともな質問かもしれません。

しかし、人口減少や高齢化が地方を極端に疲弊させ、企業や行政もこれまでのあり方では立ち行かなくなっているのが現代です。デザインの領域もモノのデザインからコトのデザインへと移行し、デザイナーに求められている役割は、既存の枠組みには収まらないものになっているといえます。現にDysonもAppleも、従来の考え方ではデザイナーと呼ばれなかったような人がデザインマインドを以てイノベーションを興したわけですよね。企業の経営にしても行政サービスにしても、デザインリソースがあることで世の中の風景を変えられる可能性がある時代に差し掛かっているのです。

私自身、プロダクトデザインの仕事と並行して、地域社会と企業を結びつけるデザイン活動に取り組んできました。そこで常々感じるのは、地方に人が滞留しない原因は「仕事がないから」なんですね。ところが、社会のためのデザインという視点で地方を見てみると、新しいビジネスの種がたくさんあるんです。地元の魅力を翻訳してかたちを与えたり、かたちにしたものを世の中にうまく発信できていないだけであって、その役割を担い、新しい雇用を生み出していくのもデザイナーの仕事だと思いませんか?

水道、電気、ガス、流通などが従来の社会インフラだとすれば、人々が次世代を生きていくために必要な「人材のインフラ」を整える。地方の歴史や文化、大切にされているものを学びながら、100年後の未来をつくるための仕掛けづくりを新学科で学ぶ学生や卒業生と担っていければ、どれだけおもしろいことになるかと思っています。その過程では、大学という限られた学び舎から飛び出して、各地に設けた学び舎を拠点に、これからの時代を生きていく知恵や力を子どもたちに教えていくこともできるかもしれません。同窓会が学校を出た人のつながりだとすれば、入口から人の関係性をデザインしていく。そんな取り組みが全国各地で興り、それぞれが連携していけば、“未来の開発”ですから。