産学プロジェクトや議論を通して企業が超えるべき課題と向き合っていく

岩佐浩徳 客員教授 ✕ 長谷川敦士 教授

新学科、新研究科には株式会社リクルートコミュニケーションズ専門役員の岩佐浩徳氏(写真左)を客員教授として招くことが決まっている。リクルートグループにおいて数々のサイト立ち上げや改善に従事し、サービスデザイナーやUXデザイナーの育成にも取り組んできた岩佐氏の参画は、ムサビにどんな共振をもたらすのか。長谷川敦士教授(写真右)と語り合ってもらった。


新たな構想を掲げて事業を動かせる人材の輩出は必須

長谷川:岩佐さんはデザイナーとして第一線に立たれていながら、リクルートグループ全体のサービスデザイナー、UXデザイナーの育成にも取り組まれています。それも、“個人の育成”というより組織としてどうやって人材を最適化していくかに注力されている。デザイナーを束ねる立場として、企業に求められている人材像や企業におけるデザインの立ち位置をご理解されているから、新学科、新研究科と社会との接点になっていただけると期待しています。

岩佐:新学科、新研究科の設立背景を伺っていると共感する部分が多く、私とかなり似通った課題感を教員のみなさんもお持ちだと感じました。私自身、タマビ出身ですし、非常勤講師をやらせていただいたこともあります。リクルートグループではまさにリクルーティングにおいて、美大、一般大学それぞれの学生を見ているわけですが、そこで感じるのが、この10年ほどで美大出身者と一般大学出身者に大きな違いが出てきているということです。

いま、世の中全体でデザインに求める要素が変わっていますよね。もはやモノのデザインではなく、人々の生活に変化をもたらしたり役に立ったりするサービスや仕組みをつくること自体がデザインであり、それを一過性ではなく企業活動として成立し得るように設計することが、現代のデザイナーに求められている役割だと思います。

ただ、就職活動を行っている美大生を見ていると、美しいヴィジュアルをつくる、モノをきれいに成形するようなデザイン力は圧倒的にあるものの、スタイリングにこだわるとか、どうしても狭いところで勝負しようとするきらいがあるんですね。そうなると一般大学の学生の視点の広さが際立つし、いまお話ししたようなデザインニーズに対応できるだろうかと感じてしまうんです。

もうひとつ危機感を持っているのが、KPI(*1)至上主義やPDCAサイクル(*2)でサービスをグロースさせていくような世界では、UXデザイナーの役割が非常に狭義なものになってしまっていることです。マラソンを走るだけの持久力はあって、PDCAサイクルを回し続けることはできるけれど、例えばAirbnbのようなイノベーションと呼ばれるレベルのサービスを生み出せるジャンプ力がないというか、その筋力が衰えてしまっている。

「PDCAで日本はダメになっている」という話も語られる中、こうした危機感はリクルートグループに限らず、多くの企業が持っていると思います。だからこそ、客員教授の話を伺って「いまやらなければならない」と感じました。企業人としても使命感がありますし、次の世代や日本の国力という意味でも、新たな構想を掲げて事業を動かせるような人材を輩出していくのは必須だ、と。

長谷川:私もデザイン会社を20年近く続けてきたフィールドの人間として、同じような課題意識があります。デザイン会社のポジションも従来のあり方とは変わってきていて、クライアントへ成果物としてのデザインを納品するという形式は古くなりつつあります。クライアントと共同でつくりあげていったり、実際に企業向けのデザイン教育を業務として行うことも増えているんです。

そういった文脈で私自身もデザインの新しいあり方を探索するために今回教員として関わることにしました。課題を感じているから、自分も何か得るものがあるから参画するという姿勢が、基本的には一番パフォーマンスが上がると考えており、そういう意味で、岩佐さんにもぜひ、具体的課題を持ち込んでいただきたいと思っています。

初年度(2019年度)は学部1年生と大学院の講義だけですから、特に学部生は岩佐さんと接触できる機会が少ないかもしれませんが、特別講義を予定していますし、大学院ではプロジェクトのプロデュース的な役割もお願いできないかと考えています。リクルートグループという企業とムサビがどんなプロジェクトに取り組むことが双方にとって意味があるのか。いま、お話にあったような人材教育のプログラムづくりをムサビで実験してみるとか、大学にとって面白いしリクルートグループにとっても意味のあるプロジェクトならば、学生や教員のパフォーマンスは自ずと高くなるはずです。それがリアルな課題であればあるほど。

社会のニーズにドラスティックに対応するための議論をしたい

岩佐:それを聞いて思ったのが、広義な意味でのデザインをリクルートグループ内で担当している人間は「デザイナー」って肩書が付いていないんですよね。「プロデューサー」や「プロダクトオーナー」と呼ばれていて、事業の構想、ビジネスモデルを組み立てて、実際にどうサービスとして成立させるかという段階でUXの専門家が入るという流れになっている。ですから、そういう人間を大学に連れてきて、どんなことを考えながら実際のプロジェクトを進めているのか、学生のみなさんに伝えるだけでも違うかもしれません。

長谷川:おっしゃる通り、デザイナーと肩書きがついていない、しかし広義のデザイナーである人々がいま企業や組織の中心で活躍されています。そういったロールモデルの方々の生の声は大変刺激になりますね。

岩佐:いままさに暗中模索なテーマとしては、AI(人工知能)やVPA(*3)のコミュニケーション設計やシナリオづくりをやったことのある人材が社内にほとんどいないんです。エンジニアやデータサイエンティストはたくさんいるけれど、どんなケーパビリティが必要なのかすら、「映画監督……いや、小説家かな?」と話していたくらいで。ただ、世界では着実に実用化が進んでいますから、どんな筋肉を鍛えていかなければいけないのかを一緒に考えていくこともあり得るかなと思います。

長谷川:大学院生にそういうタスクを与えてみて、出てくるプロトタイプの結果はもちろんのこと、「こういうタイプの人から出てくるアイデアはこのあたりが物足りない」といったケーススタディにつなげることで、いざ実践する際に必要な教育方法をモデル化していくという展開も考えられます。

岩佐:臨床研究のような積み重ねですね。あと、構想の話に付け加えるなら、そもそもリクルートグループは“人材”からスタートした企業で、就職情報が高校の進路指導や大学の就職課でしか得られなかったような時代に、情報をまとめて広く発信すれば自分の意思で仕事を選択できるだろうと、就職情報誌を創刊させたことに始まるわけです。

長谷川:限られた情報を社会に発信し、ニーズのある者同士をマッチングさせるという意味では、Airbnbのようなことを50年以上前から行っていたんですよね。

岩佐:ただ、超少子高齢化や人口減少など大きな時代の変化の中で、もっとドラスティックに社会のニーズに対応していかなければならないとも感じていて、こうしたことも学生のみなさんと議論できれば有意義だと思っています。次の世代のターゲットユーザーになる方々がどういった問題意識を持つのか、それが一番大切ですから。

長谷川:リクルートグループにはさまざまな事業がありますが、価値観の多様化でこれまでにない新しいサービスの可能性やニーズを見出すこともできるかもしれませんからね。とても楽しみです。本日はありがとうございました。

  • *1 企業などにおいて、達成すべき目標に対して業務が順調に進んでいるかを評価するための指標。“Key Performance Indicator”の略語。
  • *2 企業活動において業務を継続的に改善していく手法のひとつ。Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Act(改善)の頭文字を取ったもの。
  • *3 AppleのSiriに代表される、話し言葉(自然言語)によるコミュニケーションで暮らしをサポートするサービスの総称。“Virtual Personal Assistant”の略語。